New Paracelsus Lounge

パラケルスス研究のラウンジ
  

  
 
その5
 
 パラケルスス研究の協会
 
   

    パラケルスス縁の地というのは、ドイツ語圏を中心に幾つもヨーロッパ中にあります。例えば、彼の生誕地であるスイスはアインジーデルン Einsiedeln。父と共にその少年時代を過ごしたヴィラッハ Villach。そのキャリアの始めの地の1つであるストラスブルグ Strasburg。エラスムス等のルネサンスの一流人文主義者たちとも交流を持ち、短い期間ながら大学で教鞭をとった当時の一大国際都市バーゼル Basel。『オプス・パラミルム』等の傑作を静かに執筆した文筆活動の最盛期をすごしたザンクト・ガレン St. Gallen。運命の終端の地ザルツブツグ Salzburg。

    例えば、バーゼルには、『パラケルスス通り』という名の通りもあります。

    それぞれの地に関するパラケルススとの結びつきやその後のパラケルスス主義の名残などを研究した論文や論集もたくさん出ていますし、それぞれの縁の地の中には、パラケルスス専門の研究協会を設立・運営するところもあります。その中でも、特に成功しているのが、スイスはエインジーデルンに本拠地をおく「スイス・パラケルスス協会」 Schweizerischen Paracelsus-Gesellschaft (SPG) とオーストリアはザルツブツグに本拠地をおく「国際パラケルスス協会」 Internationale Paracelsus-Gesellschaft (IPG)の2つです。まだまだ、これらの研究協会は、国際的であることを旗印にしている場合でさえ、会誌はドイツ語のみであるし、専用の Web サイトがあるわけでもなくインターネット時代に対応しているとは言いがたい状況です。入会希望は、手紙等で。会費は結構めんどくさい方法で払い続けなければならないという欠点を持っています。
 

A. スイス・パラケルスス協会
    Schweizerischen Paracelsus-Gesellschaft (SPG)

    現代のパラケルスス研究の創始者 Karl Sudhoff の手によって1929年から1933年まで発刊されていた研究誌『アクタ・パラケルシカ』 Acta Paracelsica (Munichen)の命を継ぐように、1942年に Linnus Birchler を初代会長にしてパラケルススの生誕の地スイス・エインジーデルンに設立されたこの団体は、以後1944年から機関紙『ノヴァ・アクタ・パラケルシカ』 Nova acta paracelsica を発行します。会長職は、その後1963年からは、チューリッヒの哲学史家 Donald Brinkmann、ついで1973年からドイツ文学史家 Robert-Henri Blaser、そして、1986年からは薬学史家 Willen Frans Daems 氏、1989年から現在まで哲学史家 Alois M. Haas 氏によって務められています。 機関紙は、1986年から新体制になり、別項で紹介する『ノヴァ・アクタ・パラケルシカ (新シリーズ)』 Nova acta paracelsica (Neue Folge) というものになって現在まで引き継がれています。これは、年一回の発行です。
 

B. 国際パラケルスス協会(ザルツブルグ)
    Internationale Paracelsus-Gesellschaft (IPG)

    オーストリアのザルツブルグに本拠地を置くこの団体は1951年に発足され、現在の会長はザルツブルグ大学の Gerhart Harrer 氏です。1960年から機関紙『ザルツブルグ・パラケルスス研究紀要』 Salzburger Beitraege zur Paracelsusforchung を発行しつづけ現在に至っています。その内容は、別項にて紹介します。その第13号は、Kurt Goldammer の60歳記念の特大号で特に重要なので基本論集のコーナーでも紹介しました。(後記:2001年8月に専用ウェブ・サイトが解説されました。
 
 

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