十年に一冊の重み

 

 

 

 1980年代

 

『形相の科学的再解釈』

 

N. E. Emerton,

The Scientific Reinterpretation of Form.

Cornell Univ. Press, New York, 1984.

僕の人生を変えてしまった1冊。形相、粒子、ミニマ、スピリトゥス、種子、全てあります。

 

 

       驚きかも知れませんが、僕が学究に目覚めたのは、修士が終わってからずっと後です。それまでは、殆ど真面目に勉強したことがありませんでした。修士を終えてプーをしている時に、霊感を与えてくれる幾つかの本に巡り会ったことは幸運でした。Debus の『ケミカル・フィロソフィ』もその一冊ですが、Pagel やイェーツの諸作、ウォーカーの『ルネサンスの魔術思想』、エヴァンスの『魔術の帝国』などなどです。でも、決定的に僕の人生を変えてしまったのは、Emerton の『形相(form)の科学的再解釈』(1984年)との出会いです。この本は、『10年に一冊の重み』に入れてあります。Lovejoy の『存在の大いなる連鎖』と並ぶ観念史(History of Ideas)研究の傑作だと思います。種子の理論というテーマは、これに出会う前から既に興味を持っていましたが、これを読んで、とんでもないものに出会ったと思いました。運命の光に打たれたとは、まさにこのことだと思います。
  
       
種子の理論の歴史研究には、幾人かの象徴的な人物がいます。最も重要な Pagel は、残念ながら既に亡き人となっていました。僕が研究場所を探していた当時、「種子の概念を研究したい」と言ってそれを何の説明もなく理解してくれる人は、世界でほんの一握りでした。まだ、Clericuzio 氏の存在を知りませんでしたから、僕が知っていたのは、シカゴの Debus、リェージュの Halleux、ケンブリッジの C.Webster、どこにいるか良く分からなかった N.Emerton、オーストラリアの D.Oldroyd、そしてパリの O.Bloch、の6氏です。オーストラリア行きはハナから考えませんでしたから、連絡をつけたい化学史関係の人は、シカゴの Debus 氏かリェージュの Halleux 氏でした。ところで、その当時は、Halleux 氏が中世錬金術研究の世界的権威だということは知りませんでした。「鉱物学や Van Helmont 研究をしている、種子の理論にも鋭い関心を持っている人」ぐらいの理解でした。それでも、前にも言った通り、シカゴは治安が悪いという考えがあったので、リェージュを選びました。結局、それは正解だったと思います。物価の高いアメリカの一見華やかな Debus 氏のところへ行って、1〜2年セミナーに出たり、資料集めだけしたり、旨くいったところで、ラテン語を読む力もつかないうちに3年ぐらいでいい加減な博論を仕上げるよりは、あまり目立たないリェージュという片田舎ではあるれども、実は世界トップの人の下でひっそりと深く潜行しながら自分のやりたいことをやり通せたことは、ラッキーだったと思います。
 
       
博論も最終的な段階に入った1999年に、ISIS Cumulative Bibliography という科学史家のバイブル的な大文献リストの第4巻(1986-1995)が出されました。そこで、ひょんなことから、日本にも一人だけ種子の理論について論文を書いた人が居ることを知りました。それが吉本さんだった訳です。「何も説明しなくてもわかる」人に会えるという感動を味わえるチャンスは、そう多くないと思いますね。
 
 

1. Form in the Mineral Kingdom    p.19-
鉱物界における形相
   
2. The Development of the Concept of Form after Aristotle    p.48-
アリストテレス以降の形相の概念の発展
  
3. Mixtion and Minima: The Biginning of a Corpuscular    p.76-
ミクスチオとミニマ:粒子の始まり
  
4. Minima and Atoms: The Corpuscular Reinteropretation of Form    p.106-
ミニマと原子:形相の粒子的再解釈
  
5. Atoms and Crystals: The Geometrical Approach    p.126-
原子と結晶:幾何学的アプローチ
  
6. The Development of Form in the Platonic Tradition    p.154-
プラトン的伝統における形相の発展
  
7. Spirit and Seed: The Chemical Reinterpretation of Form    p.177-
スピリトゥスと種子:形相の化学的再解釈
  
8. Salt, Earth, and Universal Acid: The Material Embodiment of Form    p.209-
塩、土類、普遍酸:形相の物質的な器
  
9. The Form and Origin of Crystals    p.233-
形相と結晶の起源
  
10. Primitive Form: The Heart of the Matter    258-
始原的な形相:物質の核
  
Bibliography    p.289-
文献
  
Index    p.311-
索引
 

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