フェルネル研究の基礎
  
Platform for Fernel-Studies
   

 
  

 

    北フランスのアミアン出身のジャン・フェルネル Jean Fernel (1497-1558) は、北方ルネサンス医学史においてパラケルススと並んで重大なインパクトを与えた人物です。当時ベストセラーとなった医学書の執筆とパリ大学医学部での教育と医療でヨーロパ中にその名をとどろかせることになります。フランス王アンリ2世およびカトリーヌ・ドゥ・メディチの侍医でもありました。フェルネルと関係ある人物は、カルダーノ、ハーヴェイ、ゼンネルト、ファン・ヘルモント、プラッター、パリシー、ゴオリー、テレジオ、ベーコン等々。フェルネルの著作の出版は、フランドル人でパリに拠点を構えたあの有名な出版業者 Andreas Wechel  が一手に行います。Wechel 書店は、その後、フランクフルトに拠点を移します。そこから、フェルネルの著作はドイツ語圏にも広く流布されていくのです。

 

 

原典
『医学の自然部について』 De naturali parte medicinae (Paris, Wechel, 1542)
スコラ医学には、「自然的なもの」、「非自然的なもの」、「反自然的なもの」 という分野がありますが、本書は「自然的なもの」、今日の生理学に近い内容を扱っています。1554年に出された『医学』 Medicina の冒頭に再録され、『生理学』 Physiologia という題名がつけ直されました。本来「自然学」という意味の語 Physiologia を、生理学的な分野に使い、現代の「生理学」=Physiology となっているのは、彼に多くを追っています。構成は、アヴィセンナの『カノン(医学典範)』に多くを負っていて、1)解剖学、2)四元素、3)四質のバランス temperamenta、4) スピリトゥスと潜在熱、5)霊魂の諸機能 facultas)、6)体液、7)人間の発生、となっています。 羅英見開き対訳版『ジャン・フェルネルの「生理学」』 John M. Forrester, The Physiologia of Jean Fernel, Philadelphia, American Philosophical Society, 2003.
 

『事物の隠れた原因について』 De abditis rerum causis (Paris, Wechel, 1548)
 
フェルネル医学の哲学奥義が記されているフェルネルの体系の鍵を握る著作です。3人の賢者(ガレノス主義者 Eudoxus、プラトン主義者 Brutus、キリスト教徒 Philiatros)による対話編で、プラトンやキケロの対話編を非常に意識しています。この3人が、自然界と医学の世界における事物の発生の「隠れた原因」 (オカルト因 occult causes、可感 manifest なものでないもの)、つまり、「神的なもの」を探る対話の旅に出かけます。弟1書では、霊魂と生命、そして形相の起源を探り、種子の理論とスピリトゥス、そしてデーモンが議論され、第2書では、病因と「完全実体」 substantia tota の理論が展開されます。本書は、フェルネルの医学思想の根底を記してある重要な著作ですが、まだまとまった研究はなされていません。そこで立ち上げるのが、僕のロンドン計画です。> ジャン・フェルネルの「隠れた事物の原因について」:ルネサンス医学における形相、霊魂、そしてオカルト因John M. Forrester & John Henry, Jean Fernel’s On the Hidden Causes of Things : Forms, Souls and Occult Diseases in Renaissance Medicine, Leiden, Brill, 2004 という見開き羅英対訳が出されました。
  
 
『医学』 Medicina (Paris, Wechel, 1554)
上記の 『医学の自然部について』 が、『生理学』 と改題されて冒頭に収められています。その他には、『病理学』 Pathologia 『治療法』 Therapeutice という著作が収められています。医学の教科書としてベストセラーとなります。
  
『大医学』 Universa medicina (Paris, Wechel, 1567)
フェルネルの死後出版で、上記の『医学』に対話編 『事物の隠れた原因について』 を加えたフェルネル医学の完全版です。上記の Medicina に続いて、これも医学の教科書としてベストセラーとなります。『生理学』、『病理学』、『治療法』、『事物の隠れた原因について』の順で収録されています。特に、『治療法』は初期(1554)の3書から7書に増補されています。
 
『処方集』 Consiliorum medicinalium liber (Paris, Beys, 1582)

医薬の処方とそれに対するリアクションを詳細に記録したカルテ集ですね、言ってみれば。
 
  
翻訳  

『生理学の7つの書』  Les sept livres de la physiologie (Paris, 1655).
Charles de Saint Germain
により仏訳されて1655年にパリで出版 Jean Guignard le Jeune 書店)されたものです。有名な Fayard 書店の Corpus シリーズで20015月に復刻されました。

Jean Fernel, La Physiologie, 1554 
Corpus des oeuvres de philosophie en langue francaise
ed. J. Kany-Turpin   Fayard, Paris, 2001- 672 pages - 51,98 Euros - ISBN : 2-213-60979-9

 

『フェルネルの病理学』 La pathologie de Jean Fernel (Paris, 1650).
 

『大治療法のつの書』 Les sept livres de la therapeutique universelle (Paris, 1648).
 

『フェルネルの外科学』 La chirurgie de Fernel (Sens, 1570).
 
  
研究文献
--- L. Figard, Un médecin philosophe au XVIe siècle: Etude sur la psychologie de Jean Fernel (Paris, 1903).
結構バカに出来ない霊魂論にスポットを当てた、現代のフェルネル研究の出発点。
 
--- Charles Sherrington, The Endeavour of Jean Fernel (Cambridge, 1946).
これが、今でも標準的な入門書。かなりの発展史観をもつ歴史家ですが、それでも、当時の文化史・医学史の文脈に旨くフェルネルを置いていると思います。資料豊富。
 
--- M. Schmid, “Die Lehre von den Homoiomerien in der Physiologie Fernels”, Sudhoffs Archiv, 41 (1957), pp. 317-344.
 
--- Jacques Roger, Jean Fernel et les problèmes de la médecine de la Renaissance, Conférences du Palais de la découverte, série D, n. 70 (Paris, 1960).
初期近代生物学史の金字塔を打ち立てた人物によるフェルネル評価。一般講演ですからイントロ的です。
 
--- Jean Torlais, “Jean Fernel a-t-il été un grand médecin ?”, in I. B. Cohen et R. Taton (eds. ), Mélanges Alexandre Koyré (Paris, 1964),  v. 1, pp. 578-587.

 

--- K. E. Rothschuh, “Das System der Physiologie von Jean Fernel (1542) und seine Wurzeln”, in R. Blaser et H. Buess (eds. ), Current Problems in History of Medicine (Basel, 1966), pp. 529-536.
この人は、『生理学の歴史』を書いている人ですね。アヴィセンナとフェルネルの関係など興味深い観察があります。
 
--- Lidia A. Deer, Academic Theories of Generation in the Renaissance: The Contemporaries and Successors of Jean Fernel (1497-1558), Ph. D. diss. (University of London, 1980).
ルネサンスの大学における発生論の文脈でフェルネルを調べた博論です。
 
--- James J. Bono, The Language of Life: Jean Fernel and Spiritus in Pre-Harveyan Bio-Medical Thought, Ph. D. diss. (Harvard University, 1981).
中世・ルネサンス医学におけるスピリトゥス理論の変容をフェルネルを中心にまとめている博論。UMI 経由で買えないと言う泣かせ物。ワールブルグに一冊複製があります。 僕はウェルカムの所長に借りました。
 
--- Massimo L. Bianchi, “Occulto e manifesto nella medicina del rinascimento: Jean Fernel e Pietro Severino”, Atti e memorie dell’accademia Toscana di scienze e lettere, 47, n. s. 33 (1982), pp.183-248.
これは、非常に意欲作です。
 
--- Lidia Deer Richardson, “The Generation of Disease: Occult Causes and Diseases of the Total Substance”, in A. Wear et al. (eds. ), The Medical Renaissance of the Sixteenth Century (Cambridge, 1985), pp.175-194.
Deer
はこのなかなか素晴らしい論文を残しつつ、研究をやめてしまったのです。あの頃は、英国では研究ポストがなかなか見つからなくて大変な時代だったと、皆口々に言います。
 
--- J. J. Bono, “Reform and the Languages of Renaissance Theoretical Medicine : Harvey versus Fernel”, Journal of the History of Biology, 23 (1990), pp. 341-387.
フェルネルとハーヴェイの手法論、古代テクストに対するアプローチなどを、自分の博論から持ってきています。
 
--- J. J. Bono, The Word of God and the Languages of Man: Interpreting Nature in Early Modern Science and Medicine, vol. 1 (Madison, 1995), pp. 92-97.
上記の論文のリライト再録です。

 

--- Nancy G. Siraisi, The Clock and Mirror : Girolamo Cardano and Renaissance Medicine (Princeton University Press, Princeton, 1997).
カルダーノとフェルネルの親近性について示唆されています。
 
--- Hiro Hirai, Le concept de semence dans les theories de la matiere a la Renaissance : de Marsile Ficin a Pierre Gassendi, Ph. D. diss. (University of Lille 3, France, 1999), ch. “Fernel”
僕の博論でも、フェルネルに一章を捧げています。入魂の一本。HABのサマースクールであった先生方 (ナンシーさん、Mclean さん、Brockliss さん、Nutton さん等々) には大好評でした。

 

--- Hiro Hirai, “Alter Galenus : Jean Fernel et son interprétation platonico-chrétienne de Galien”, Early Science and Medicine, 10 (2005), pp. 1-35.

              2年ぶりのロンドン計画からの新作もう一人のガレノス論文です。

  

 

研究計画 
--- Hiro Hirai, Jean Fernel's De abditis rerum causis (Paris, 1548): Galenism, Humanism and Neoplatonism in Renaissance Medicine. 2002
年用のロンドン計画が静かに潜行中です。
 

 

日本語で何が読めるか
--- T.S.ホール 『生命と物質』 (平凡社、1992年)、弟1巻、13 「フェルネル」、181-197頁。
 
---
月沢美代子 W.ハーヴィの精気と「問題」−Sanguis et spiritus una resを切り口として−I. フェルネルの超越的精気に対して」、『科学史研究』、第36巻、1997年、229-238頁。

この論文に対してコメントしてくれと月沢さんに頼まれて、下北沢のミスター・ドーナッツで延々と3時間ぐらい議論をしたのがきっかけで「プレモダン科学研究会」は発足したのです。いやはや懐かしい。ハーヴェイ学者なので、フェルネルのテクストは読んでいません。今思うと、一体どなたが審査員だったのでしょう?この辺のことジャッジできる人が居たのでしょうか?

 

--- 本間栄男 16-17世紀のルネサンス生理学と機械論的生理学の構成」 『哲学・科学史論叢』 5 (2003)1-36頁。

           フェルネルの生理学の伝統とその変容を扱っています。

 


トップ
ロンドン計画もう一人のガレノス