『自然学小論集』のプラットフォーム

 



 

 アリストテレスの『自然学小論集』は、感覚や記憶、睡眠・覚醒、夢、寿命の長さなどの各論をあつかう短い論考の集成で、『霊魂論』がカヴァーできなかった部分を補うかたちになっています。現代でいえば、心理学と生理学の境界領域にあるテーマ群で、歴史的には医学とも関連がふかい書物となっています。とくにイスラム圏のアヴィセンナとアヴェロエスの議論において、外的な感覚(五感)と内的な感覚の区分が明確になり、ヨーロッパでは、それらの議論を継承してアルベルトゥス・マグヌスやトマス・アクィナスが論述しています。

 

 中世医学と『自然学小論集』との関係については、キアラ・クリシャーニによって国際会議が2000年に開催され、先駆的な論集としてまとめられています。さらに近年には、イスラム圏やビザンツ世界をふくめた受容をあつかう論集も編まれています。ルネサンスについては、プラトン主義の影響や想像力、夢についての議論の方が多く、記憶や睡眠についての研究は多くないのかも知れません。

 

そして20254月にパリで開催される国際会議では、中世・ルネサンスの医学との関係が議論の焦点となり、僕も研究発表することになっています。

 

 

国際論集

 

Chiara Crisciani (ed.), Parva naturalia: saperi medievali, vita e natura (Roma: Serra, 2004).

 

Christophe Grellard & Pierre-Maris Morel (eds.), Les Parva naturalia d’Aristote: fortune antique et médiévale (Paris: Ed. de Sorbonne, 2010).

 

Börje Bydén & Filip Radvic (eds.), The Parva naturalia in Greek, Arabic and Latin Aristotelianism (Cham: Springer, 2018).

 

 

 

 アリストテレス

 

David Bloch, Aristotle on Memory and Recollection (Leiden: Brill, 2007).

 

Pavel Gregoric, Aristotle on the Common Sense (Oxford: Oxford UP, 2007).

 

 

 

  内的感覚と記憶

 

Albert I. Suzuki, The Role of sensus communis in Aristotle, Thomas Aquinas, Locke and Kant (Boston University, 1952).

 

Henrik Lagerlund (ed.), Forming the Mind: Essays on the Internal Senses and the Mind/Body Problem (Dordrecht: Springer, 2007).

 

Seyed N. Mousavian & Jakob Leth Fink (eds.), Internal Senses in the Aristotelian Tradition (Cham: Springer, 2020).

 

Véronique Decaix & Christine Thörnqvist (eds.), Memory and Recollection in the Aristotelian Tradition (Thurnhout: Brepols, 2021).

 

 

 

アヴィセンナとアヴェロエス

 

Harry A. Wolfson, “The Internal Senses in Latin, Arabic and Hebrew Philosophic Texts,” The Harvard Theological Review 28 (1935), 69-133.

 

Deborah L. Black, “Memory, Individuals and the Past in Averroes’s Psychology,” Medieval Philosophy and Theology 5 (1996), 161-187.

 

Deborah L. Black, “Imagination and Estimation: Western Divergences from an Arabic Paradigm,” Topoi 19 (2000), 59-75.

 

Carla di Martino, “Memory and Recollection in Ibn Sina’s and Ibn Rushd’s Philosophical Texts,” in Lagerlund (2007), 17-26.

 

Peter E. Pormann, “Avicenna on Medical Practice, Epistemology, and the Physiology of the Inner Senses,” in Adam Peterson (ed.), Interpreting Avicenna (Cambridge UP, 2013), 91-108.

 

Carla Di Martino, “External and Internal Human Senses,” in Richard C. Taylor (ed.), The Routledge Companion to Islamic Philosophy (London: Routledge, 2016), 263-272.

 

Carla Di Martino, “Mémoire, représentation et signification chez Averroès,” in Decaix & Thörnqvist (2021), 93-105.

 

Joel Chandelier, “Memory, Avicenna and the Western Medical Tradition,” in Decaix & Thörnqvist (2021), 107-121.

 

 

 

中世

 

J. A. Gasson, “The Internal Senses: Functions or Powers?” Thomist 26 (1963), 1-14.

 

Nicholas H. Steneck, “Albert the Great on the Classification and Localization of the Internal Senses,” Isis 65 (1974), 193-211.

 

E. Ruth Harvey, The Inward Wits: Psychological Theory in the Middle Ages and the Renaissance (London: Warburg, 1975).

 

Simon Kemp, Medieval Psychology (New York: Greenwood, 1990).

 

Simon Kemp & Garth Fletcher, “The Medieval Theory of Inner Senses,” American Journal of Psychology (1993), 559-576.

 

Simon Kemp, Cognitive Psychology in the Middle Ages (Cambridge: Cambridge UP, 1996).

 

Dag Nikolaus Hasse, Avicenna’s De anima in the Latin West: The Formation of a Peripatetic Philosophy of the Soul, 1160-1300 (London: Warburg, 2000).

 

Thomas Aquinas, Commentaries on Aristotle’s On the Sense and What is Sensed and On Memory and Recollection (Catholic University of America Press, 2005).

 

Silvia Donati, “Albert the Great as a Commentator of Aristotle’s De somnio et vigilia,” in Byden & Radvic (2018), 169-209.

 

 

 

ルネサンス

 

Katherine Park, “The Organic Soul,” in Charles B. Schmitt (ed.), The Cambridge History of Renaissance Philosophy (Cambridge: Cambridge UP, 1988), 464-484.

 

Fernando Vidal, The Science of the Soul: The Early Modern Origins of Psychology (Chicago: Chicago UP, 2011), chap. 2, 21-57, on the 16th century.

 

Nancy G. Siraisi, “Psychology in Some Sixteenth- and Early Seventeenth-Century General Works on Medicine,” in Paul Bakker et al. (eds.), Psychology and the Other Disciplines: A Case of Cross-Disciplinary Interaction (Leiden: Brill, 2012), 325-343.

 

Lorenzo Casini, “Renaissance Theory of Internal Senses,” in Simo Knuuttila & Juha Sihvola (eds.), Sourcebook for the History of the Philosophy of Mind (Dordrecht: Springer, 2014), 147-156.

 

Roberto Lo Presti, “Localizing Memory and Recollection: The Sixteenth-Century Commentaries on Aristotle’s De memoria et reminiscentia,” in Byden & Radvic (2018), 325-341.

 

 

 

レオナルド

 

Kenneth D. Keele, “Leonardo da Vinci’s Influence on Renaissance Anatomy,” Medical History 8 (1964), 360-370.

 

Martin Kemp, “Il concetto dell’anima: Leonardo’s Early Skull Studies,” Journal of the Warburg and Courtauld Institutes 34 (1971), 115-134.

 

Martin Kemp, “Dissection and Divinity in Leonardo’s Late Anatomy,” Journal of the Warburg and Courtauld Institutes 35 (1972), 200-225.

 

Kenneth D. Keele, Leonardo da Vinci’s Elements of the Science of Man (New York: Academic Press, 1983), 229-240 on senses and the soul.

 

David Summers, The Judgement of Sense: Renaissance Naturalism and the Rise of Aesthetics (Cambridge: Cambridge UP, 1987), 71-109 on the common sense.

 

Mary Prado, “Memory, Imagination, Figuration: Leonardo da Vinci and the Painter’s Mind,” in Susanne Küchler & Walter Melion (eds.), Images of Memory: On Remembering and Representation (Washington DC: Smithsonian Institution, 1991), 47-73, 212-224.

 

Martin Kemp, Leonard da Vinci: The Marvelous Works of Nature and Man (Oxford: Oxford UP, 2006).

 

Domenico Laurenza, “In Search of a Phantom: Marcantonio della Torre and Leonardo’s Late Anatomical Studies,” in Alessandro Nova & Domenico Laurenza (eds.), Leonardo’s Anatomical World (Milano: Marsilio, 2011), 61-77.

 

 

 

 

 

僕の発表

 

「フェルネルとアリストテレスの『自然学小論集』:内的感覚と共通感覚」

“Jean Fernel and Aristotle’s Parva naturalia: Internal Senses and sensus communis

 

イントロダクション

Introduction

霊魂とその諸力能

1. The Soul and Its Faculties

主要感覚

2. The Principal and Innermost Sense

記憶

3. Memory

主要感覚の座

4. The Seat of the Principal and Innermost Sense

覚醒、睡眠、夢

5. Waking, Sleep and Dreams

感覚における脳の優先性

6. The Priority of the Brain in Sensation

結論

Conclusion

 

 

 

日記の記述から

 

2025. 3. 21

昨日から中世の医学者モンディーノの解剖学書『アナトミア』について、とくにルネサンス期の俗語訳などを調べていたら、つい最近になって新しい仏訳ができていることを知りました。しかもリェージュ大学出版会からということで、早速のところ注文しました。

 

レオナルドとならんで、1500ごろの動きとして言及されることがあるのが、ライシュの『哲学の真珠』(1503年)です。この著作にも共通感覚の議論があり、解剖学の伝統と交錯するようです。はたして、そこから外科学の伝統と絡むのか、どうかという問題は微妙なところです。いまの段階では、モンディーノから語りおこして、レオナルドライシュの例に触れてから、フェルネルの議論につなげれば論文としては十分な気はしています。

 

 

2025. 3. 19

今日も今日とて、ふかく潜行しています。レオナルドヴェサリウス以前の解剖学について、今回の滞在中には到着が間にあわないのでしょうが、あと2冊ほど注文しています。これまで未開拓だった領域なので、いつにもまして電子版を入手できない紙本を注文しています。

 

 

2025. 3. 18

ヨーロッパから送られてきた本が、税関で何日も足めされていたのですが、今日ついに配達されました。すぐに全体をスキャンして必要な議論をさがします。不思議なことに、僕が気になっている共通感覚に触れているものは、ほとんどありません。それでも幾つか気がつかなかった文献を知りました。早速にも入手したいと思います。

 

長いこと医学史にたずさわっていますが、解剖については敬遠していました。今回の探究では、これまで何気なく避けていた領域に踏みこみつつあります。

 

フェルネルは、大半の古代の医学者たちが記憶喪失にたいしての特定部位ではなく全体を対象にして治療していたと言及します。おそらくガレノスが源泉だと思いますが、どこなのでしょう。

 

 

2025. 3. 16

今日はスローな動きでいきます。それでもレオナルド関係を読みつづけています。

 

 

2025. 3. 15

パリでの国際会議のテーマである『自然学小論集』やそれに関連する話題については、予備知識もなく、自分で調べたこともなかったので、かなりアウェー感をもっていたのですが、やってみると楽しいものだと感じています。

 

 

2025. 3. 14

昨日はパリ国際会議での発表の関連で、レオナルド・ダ・ヴィンチの解剖学的な探求に接することになりました。もちろん今回の発表では触れられないのですが、彼の霊魂論は僕が調べているフェルネルの考えと似ている部分があり、どうしてそうなるのかを知りたいと思っています。

 

すぐに手に入るところから幾つか読み解いていくと、レオナルドは霊魂共通感覚のなかに宿っていると考えていたようです。その一方でフェルネルは、共通感覚こそが動物的な霊魂だとまでいっています。霊魂の座と考えるか、霊魂そのものと考える違いはありますが、どちらにしても共通感覚をそこまで重視するのは、それまでの哲学医学の伝統にはなかったことのように思われます。

 

パリでの発表と人々の反応、そして論文化までの追加研究が非常に楽しみです。

 

 

2025. 3. 11

4月上旬のパリでの国際会議まで、まだ1か月ほどあるのですが、もう発表原稿がほぼ完成してしまいました。こんなに早いペースなのは、いままでに滅多にないことでしょう。

 

 

2025. 3. 10

ルネサンスの霊魂論にからめて、感覚記憶をめぐる自然学小論集についての研究を探しているのですが、どうも霊魂不滅性ルネサンス・プラトン主義に議論がひっぱられてしまうので、これだというアイテムに出会えないでいます。> いろいろ探しているうちに、ルネサンス期の著作家からの抜粋集を見つけました。といっても、これだけということなのだと思います。

 

 

2025. 3. 9

そのうちに、アリストテレスの『自然学小論集Parva naturalia について、ここのところパリの国際会議のために学んだことをまとめる頁を開設したいと思います。

 

発表タイトルの方は、「フェルネルとアリストテレスの『自然学小論集』:内的感覚と共通感覚Jean Fernel and Aristotle’s Parva naturalia: Internal Senses and sensus communisでいきます。

 

 

2025. 3. 8

昨日のヴィヴェスから、キケロに帰されていた『ヘレンニウス宛の論理学』に向かうことになりました。もっとも古いラテン語による修辞学書でキケロに帰されていたもので、中世・ルネサンスをとおしてキケロの『構想について』ととともに修辞学の入門書として使用されたようです。ただし僕の調べている用語は、チラッとだけ出てくるだけで、一般にひろく知られていたものではないと思います。この点を発表原稿の結論部に盛りこみます。

 

 

2025. 3. 7

パリの国際会議での発表原稿も、ついにほぼ完成したかと思っていたら、ずっと謎に思っていた特殊な用語のソースを見つけた気がします。人文主義者ヴィヴェスの『諸学の伝搬について』(アントワープ、1531年)にある模倣についての議論で、まさにこの用語が使われていました。ほかの用例はいまのところ見つけていません。

 

 

2025. 3. 6

いろいろ補足しつつ削ったので、文字数は3400とそれほど変化がありませんが、議論をだいぶ整理することができたいと思います。

 

 

2025. 3. 5

個人的には不慣れなテーマなために、なかなか難しい議論で苦労しています。まだまだラフな原稿ですが、それでも3600まできました。3000くらいに絞りつつ論述を整理して、イントロ結論をつけます。

 

 

2025. 2. 23

エンジンがかかっているのですが、今日はじっくりと一本だけ読みました。しかし、どうもわからないところがあります。これは先日に注文した本が3月初旬に届いてから、吟味したいと思います。

 

 

2025. 2. 22

昨日から2次文献をいろいろと読み進めるなかで、今回の発表に直接は使えないのですが、フラカストロの議論のソースを見つけた気がします。これについては、べつの機会に深掘りしたいと思います。

 

 

2025. 2. 21

つぎつぎに2次文献を集めて、いろいろと読み進めています。かなりエンジンがかかってきました。内的な感覚外的な感覚に区分する考えは、アヴィセンナから始まったようですが、アヴェロエスの批判をへてヨーロッパでは受容されたようです。たくさんの文献がありますが、哲学の医学との関係となると限られてきます。

 

 

2025. 2. 20

一応、読もうと思っていた部分のテクストは読めました。読書ノートから議論をつくっていきます。まだ良く分かっていないのは、霊魂論自然学小論集での議論の境目です。どこまでが霊魂論で議論されていて、どこからが自然学小論集で得られる知見なのか。これを見極めないと、国際会議のテーマにうまくフィットしないでしょう。このあたりがチャレンジとなります。やはり面白いのは、アリストテレスが種をまき、彼以降に大きく展開した「共通感覚」 sensus commnunis という概念が、ルネサンス医学の文脈でどう捉えられているのかという点になりそうです。

 

 

2025. 2. 19

4月上旬にパリで開催される国際会議『中世・ルネサンスの医学における「自然学小論集」』に招待されています。今日になってやっと航空券についての連絡がきました。申請していた46日〜14の旅程で手配を進めてくれましたが、まだ先方の財務許可が必要なようです。それがクリアされたら、フィレンツェ行も組めます。

 

 

2025. 2. 18

パリでの国際会議のための発表原稿をつくる準備をはじめました。まずはフェルネルの『生理学』の第5書にある霊魂論を読んでいきます。目指すところは、『自然学小論集』からの影響の吟味です。

 

 

2024. 7. 8

来年4月にパリで開催される国際会議に招待されました。

 

 

 

 

 

もどる