BHのアラビア研究入門
アラビカ
イスラム教に関係なくアラビア語・アラブ世界で書かれたソース文献の分析
雑事
2007. 5. 10 木
久しぶりにコピー屋へ行って来ました。コルドバの人 (Cordobensis) アヴェロエスの『「霊魂論」大注解』のラテン語校訂版ためです。600頁もある、なかなかタフな本で大変でした。ところで、この本をしっかりと使っている人は少ないのではないでしょうか?もちろん典型的かつ教科書的な視点で知性単一論に関連して読んだという人はゴマンといるでしょう。アヴェロエスといえば知性単一論とか、もういい加減そういう見方はやめて欲しいところです。そうではなく、自然哲学の文脈でとか、ドクソグラフィという観点からといったフレッシュな視点でこの本を利用している人を見たことはありません。
2007. 4. 30 月
先週、ずっと後回しにしてきたアヴェロエスの『「霊魂論」大注解』のラテン語版を借り出して来ました。パラパラと見て気がついたのは、以前にここにも書いた
formare と informare の違いの問題です。これはシェキウス論文だけではなく、ゼンネルト論文でもカギ概念として出てくるので、決定的な説明を探していたのですが、ここに来て少しヒントとなるものが見つかりました。ラテン語版アヴェロエスにおいては、informare というのは、「知性を介して形成する」
formare per intellectum の意で、ギリシア語の noein に当たるようです。また、この noein という語自体は文脈によって「理解する」
intelligere とも訳されるところが厄介ですが、理解するとは知性を介して諸概念を脳内の形成することだと考えれば納得がいくかと思います。おそらくはトマスやアルベルトゥスの議論にこれを当てはめることは出来るでしょう。ただ問題なのは、ルネサンス期の霊魂論で、例えばゼンネルトが「原子内の霊魂は原子を informare する」というときは、どの程度このアヴェロエス主義の伝統での用法を意識して使っているのか、一歩引いて考えないといけません。
ところで、このアヴェロエス『「霊魂論」大注解』の巻末にあるラテン語・ギリシア語辞典はかなりスゴイです。以前ここに書いたカルキディウスの『「ティマイオス」注解』のラテン語校訂版やアレクサンドロスの『「気象論」注解』のラテン語校訂版についているものと併用すれば完璧でしょう。
アヴェロエスの『「霊魂論」大注解』は3書構成ですが、第3書だけ邦訳と仏訳があります。邦訳は中世思想原典集成のイスラーム哲学の巻に収録されています。
2007. 1. 25 木
2008年のマドリッド会議が行われる予定のエル・エスコリアルあるアヴェロエスのガレノス注解の手稿は、アラビア語校訂版が1987年に出されますが、それより1年前に既にカイロで『アヴェロエスの医学的手稿』
Georges Anawati (ed.), Medical Manuscripts of
Averroes,
Cairo, 1987 という英訳版が出ていることに、アダム君の質問がきっかけで再び気が付きました。一応オックスフォードにはあるみたいですが、それ以外では見つかりません。中古市場にも出ていないようです。スペイン語訳はリェージュの図書館にもあるのですが、まだ上手く活用できていません。とにかくも、こういうふうにアラビア学のもので、インドやパキスタンやエジプトといった第3世界で出された本というのは入手するのが困難なのですよね。きっと、現地に行けば簡単に手に入るものなのかも知れないですが。
2007. 1. 22 月
イスラエルには中世のヘブライ語が読める学者や学生が沢山いるのですから、決定版ではなくても良いですので、アヴェロエスの残存するヘブライ語訳された著作の手稿を次々と現代の学術メジャー言語に翻訳してくれると良いのになあと思うのですが、ヘブライ学者はそう考えていないのでしょうね?
2007. 1. 17 水
アダム君の修論作業をほぼ終えた後で、超レア論文「形相付与者:イブン・ルシュド、ジェルソニデス、そしてナルボンのモーゼ」 Helen Goldstein, “Dator formatum: Ibn Rushd, Levi ben
Gerson, and Moses ben Joshua of Narbonne”, in I. Faruqi (éd.), Islamic Thought and Culture, Washington,
1982, pp. 107-182 (PDF) を読むと、またいろいろ見えなかったものが見えてきます。以下のものを併せて読むと良いでしょう。>そうだ、能動知性の概念を理解するための文献リストを作りましょう!
Charles
Touati, La pensée philosophique et
théologique de Gersonide, Paris, Minuit, 1973/Paris, Gallimard, 1992.
Charles Touati, “Les
problèmes de la génération et le rôle de l’Intellect agent chez Averroès”, in
J. Jolivet (ed.), Multiple Averroès,
Paris, Belles Lettres, 1978, pp. 157-164.
Herbert A Davidson, Alfarabi, Avicenna, and Averroes, on
Intellect: Their Cosmologies, Theories of the Active Intellect, and Theories of
Human Intellect,
Herbert
A Davidson, “Gersonides on the Material and Active Intellects”, in Gad
Freudenthal (ed.), Studies on Gersonides:
A Fourteenth-Century Jewish Philosopher-Scientist,
2006. 8. 22 火
イスラエルから送ってもらった超レアな論文のコピー「形相付与者:アヴェロエス、ジェルソニデス、ナルボンのモーゼ」を、ついに入手しました。お世話になった皆さまには深く感謝いたします&欲しい人は言ってください。アヴィセンナ&アヴェロエスの理論をジェルソニデスとナルボーニの議論でフォローしています。Davidson
や Freudethal が好きな人はもちろん、能動知性の理論に関心のある中世哲学の研究者にはオススメです。> そこで引かれているナルボーニの言葉が最高です。僕の2冊目の著作のエピグラフ(銘句)として使いたいと思います:
“[…] to know how the agent of
generation acts, and the substance of this agent, is the noblest thing that man
can know.”
2006. 8. 18 金
イスラエルの人からゴーストではないか?と先日書いた形相付与者に関する超レアな論文のコピーを送ってもらえることになりました。>メールで確認した本人の言によると、ルーヴァンのヤンセン氏はアヴィセンナにおける形相付与者の概念についての論文を書いているようですが、まだ出版されていないことを突き止めました。
2006. 8. 10 木
Helen Goldstein というヘブライ学者が、著作『アヴェロエスの自然学問題集』 Averroes’s Questions in Physics, Dordorecht,
Kluwer, 1991 の中で言及している自らの論文「形相付与者:アヴェロエス、ジェルソニデス、ナルボンのモーゼ」 “Dator
formarum : Ibn Rushd, Levi ben Gerson and Moses ben Joshua of Narbonne”,
in Islamic Thought and Culture :
Papers Presented to the Islamic Studies Group of American Academy of Religion,
Washington DC, International Institute of Islamic Thought, 1982, pp. 107-121 を、もう何年も前からずっと探しているのですが、どうしても見つかりません。ゴーストなんじゃないかと思うのです。> 久しぶりにMNOさんと幾つかメールを交わした後に、イスラエルの人からヘルプの申し入れを受けました。天からの救いです!
2006. 6. 12 月
史上、最も偉大なアラビア学者であったと僕が敬愛してやまない
Julius Ruska に捧げられたサイトをMMR君が教えてくれました。感謝です。これは素晴らしい!僕は昔、ニューマンを通してルシュカの偉大さを再確認し、ルシュカを通して19世紀末ドイツの古典学のレヴェルの高さを痛感しました。やはり、世紀末から戦前にかけてのドイツにおける学問のクォリティと、それを理解していたフランスの60年台くらいまでの研究群から全く乖離してしまっている60年台以降の英語の文献しか読まないのは罪ですよ。ワールド・クラスを狙う人は、しっかりとクラシックを押さえるべきです。
2006. 5. 29 月
コルドバの田邊さんのおかげで、ついにアヴェロエスの医学的主著
Colliget のスペイン語訳『医学の一般論についての書』 Averroes, El libro de las generalidades de la medicina,
Madrid, Trotta, 2003 を入手することが出来ました。深く感謝です。本書は、ラテン語版からではなく、アラビア語原典の校訂版(1987年)からの全訳となります。イントロと文献リスト、索引も付いています。本当はスペイン語ではなく、もっと広く利用される英訳等で出して欲しかったところですが、最初の1歩ということで、これを機に研究が進むことを期待します。> できれば、Colliget のラテン語校訂版+詳細な索引も早く出して欲しいところです。ところで、ラテン語訳は1285年につくられたと思っていたのですが、訳者の解説では、そうともいえないようです。どちらにしても、アルベルトゥスの活動期よりも後ですね。
2006. 3. 17 金
やっとのことで、アラビア魔術の学問的な集大成であるピカトリクスを研究するためのプラットフォームとなる頁を立ち上げました。テクストの校訂と翻訳以外には目ぼしい研究がありませんので、チャンスですよ。
2006. 2. 15 水
チュニジアから返事が来ました。アヴェロエス『「霊魂論」大注解』のラテン語校訂版のリプリントはまだ入手可能で、40ユーロということです。何でしょうか、この破格の値段は。第3世界の出版物というのは、いつもビックリします。でも、銀行振り替えでチュニジアの口座に入れてくれと来ました。こっちは欧州外なので面倒です。
2006. 2. 13 月
ひょんなことから、アヴェロエスの『「霊魂論」大注解』のラテン語版の校訂版が、チュニジアで1997年に密かにリプリントされていることを知りました。リプリントの他に1冊加えて、2冊組みに増えています。どんなものが付加されているのか知りたいところです。副題からですと、アラビア語に訳し直したような感じに取れますが、仏語もテクストに入っているようです。どういうことでしょうか?最初に数ページだけ仏語で、残り全部はアラビア語なのかも知れません。
***
2005. 2. 2 水
以前から、『中世ラテン:入門と文献ガイド』のようなもので、アラビア学に関する便利な文献表はないかな?と思っていたのですが、今日一つ見つけました。題して、『イスラム哲学文献表』
Hans Daiber, Bibliography of Islamic Philosophy, Leiden,
Brill, 1999, 2 vols です。僕にとっては非常に残念ながら、リェージュにはナシと。
2005. 1. 19 水
Shlomo Pinès の既出論文集の第2巻『ギリシア語テクストのアラビア語訳の研究』
Studies
in Arabic Versions of Greek Texts (Jerusalem, 1986) と第3巻『アラビア哲学史の研究』 Studies in the History of Arabic Philosophy (Jerusalem, 1996) の内容を知りたいのですが、どうもリストはウェブ上にはどこにも見つかりません。誰か分かる人は教えて下さい。
2004. 12. 3 金
さて、年末最後のお楽しみは、『ケンブリッジ版アラビア哲学必携』
The Cambridge Companion to Arabic
Philosophy が、12月31日に発売されることです。ウォーバーグ研究所の副所長チャールズさんもおススメの一書。文字通り、必携です。皆さんも今から予約しましょう。
2004. 11. 26 金
ウチに帰りつくと、本が届いていました。『ジェルソニデスの哲学・神学思想』 Charles Touati, La pensée philosophique et théologique de Gersonide, Paris, Gallimard, 1973/1992 という、マイモニデスと並んで見逃せない中世ユダヤ思想家についての最初の本格的研究で、基本中の基本書です。近年出された2つの国際論集を見る前に、本当にジェルソニデスを見る価値があるか確認したかったのです。思った程には霊魂論が分析されていなかったのは残念ですが、能動知性論はしっかりとありました。570頁を越す大作ですが、その内容の割にはポケット版で16ユーロと良心的な価格設定です。残念ながら、文献表と索引が無いところが使いにくいので玉にキズ。>だいたいどの著作の何処を攻めれば、僕の知りたい事が出ているか、出ていないか、見極められるようになりました。後は、次にロンドンに行ったときにでもテクストを実際にチェックしたいと思います。
2004. 11. 24 水
ガレノスのアラビアへの伝播を研究した『ギリシアからイスラムへの医術の伝播:ガレノスの「7ヶ月目の胎児について」、イブン・フナインの翻訳、そしてイブン・クッラの注解についての研究』
Laurence Denooz, Transmission de l’art
médical de la Grèce à l’Islam : étude du traité Sur les fœtus de sept mois
de Galien, de sa traduction par Hunayn b. Ishaq et de son commentaire par Tabit
b. Qurra, Louvain, Peeters, 1999 も受け取りました。伝播についての記述はそれほど多くありませんし、僕の知りたかったイブン・クッラの医学についても深くありません。議論のメインは、ガレノスの著作『7ヶ月目の胎児について』における占星術的な出生計算の部分にあります。ま、僕の知りたかったことは、それほど出ていない訳ですが、こういう基礎研究が他のガレノスの著作、特に哲学的にも重要な『胎児の形成について』などについて行われることを期待します。なぜ、著者が『7ヶ月目の胎児について』を選んだかという理由の大きな部分は、既に幾つか基本的な材料を与える研究があり、アタックし易かったからでしょう。ベルギーの人ですから、いつか会えるかも知れませんが、その後の著者の関心は別の分野に向かったようで、残念ではあります。
2004. 9. 22 水
先週ウォーバーグ研究所で、副所長のチャールズさんに『ケンブリッジ版アラビア哲学必携』
The Cambridge Companion to Arabic Philosophy から取られたコピーを見せられたのですが、この本ってまだ出てないですよね?
2004. 9. 9 木
『中世アラビア医学の研究』 Max
Meyerhof, Studies in Medieval Arabic
Medicine, London, Variorum reprints, 1984 という既出論文集には、どんなものが収録されているか分かる人は教えて下さい。>
ウェブキャットに内容が挙がっていました(役に立つこともありますな)。「ガレノスの哲学と宇宙生成論に対するマイモニデスの批判」 “Maimonides
against Galen on philosophy and cosmogony” 辺りが、BH的関心をくすぐります。
2004. 8. 30 月
と、書いた矢先から、本を返しに行った哲学の図書分室が臨時閉鎖していたので、アラビア学の分室に転がり込んで、2冊ほど新しい目の論集を借り出してしまいました。『アヴェロエスとアリストテレス主義伝統』
G. Endress et al (eds.), Averroes and the Aristotelian
Tradition,
Leiden, Brill, 1999 と『キリスト・イスラム教ヘレニズムにおける古代の伝統』 G. Endress et
al. (eds.), The Ancient Tradition in
Christian and Islamic Hellenism, Leiden, Research School CNWS, 1997 です。ロンドン行き以降、春のアラビア関係研究の続きで使います。前者は、アヴェロエスの著作リストの最新版があって便利です。後者は、個人的に気になっているイブン・バッジャの『「動物論」注解』についての論文があります。
2004. 8. 7 土
以前にラテン語講読会でも話題になった『プラトン年:ギリシア、ラテン、アラビア文献にみる世界周期の研究』 Godefroid de Callataÿ, Annus Platonicus : A Study of World
Cycles in Greek, Latin and Arabic Sources, Louvain, Peeters, 1996, 289pp. をついでに借り出してきました。西欧古代からルネサンス期のピッコロミニまでの世界の周期に関する見解を体系的に分析した最初の研究で、非常に期待できます。著者は、もともと古典学畑出身の人で、ウォーバーグ研究所での博論をもとに出版したもの。
2004. 7. 5 月
大学4年生でアラビア医学と占星術というナイスなテーマに関心があるという高橋君から応援メールを頂きました。以前に触れた
forma specifica (仮に特殊形相と訳しておきましょう) の概念についての調査の進展を聞かれました。ローマの大橋さんから教えて頂いたことも含め、現時点で僕が押さえているのは次の点です。この概念は、アヴィセンナか彼のソース
(アル・キンディ?)
が起源で、最初は実体形相
forma substantialis よりも特化した事物の特性 (むしろ普通のスコラ学での実体形相の役割)
を示すために使われ、アルベルトゥスなどにも用例は見られますが、本格的に使われるようになるのはトマスよりも後で、14-15世紀になると星辰の影響などのオカルト因を使わないと説明の難しい現象を理解するために流行したようです。僕がこれまでに見つけられた参考文献としては、
--- A.-M. Goichon, La
distinction de l’essence et de l’existence d’après Ibn Sina (Avicenne),
Paris, Desclée de Brouwer, 1937.
--- D. Jacquart, La médecine
médiévale dans le cadre parisien, Paris, Fayard 1998, pp. 371-377.
--- L. Daston
& K. Park, Wonders and the Order of Nature, 1150-1750,
---
B. P. Copenhaver, “Natural Magic, Hermetism, and Occultism in Early Modern
Science”, in D. C. Lindberg et R. S. Westman (eds.), Reappraisals of the Scientific Revolution,
Cambridge, Cambridge UP, 1990, pp. 261-301, eps. pp. 272-274.
といったものがあります。僕もフラカストロ論文の中で触れたのですが、まだ決定的な研究は行われていないようです。中世後期の自然学、医学、占星術だけではなく、ルネサンス期のオカルト哲学伝統のつながりなど、この問題は応用範囲も広く、上手く形に出来れば世界にアピールする力は大きいと思います。『アラブ・ラテン伝統における特殊形相の概念』
The Idea of Specific Form in
Arabo-Latin Tradition なんて博士論文が出来たら素晴らしいじゃないですか!ガッツのある人はアタックしてみて下さい。幾らでも応援しますよ。世界に誇れるパイオニアになれるチャンスです。
2004. 6. 24 木
Richard Lemay 氏が亡くなったそうです。この人の死ぬ前に出版の作業を終わらせるということで全力を尽くしていたようですが、間に合わなかったようです。主著『アブマシャールと12世紀ラテン・アリストテレス主義:アラビア占星術を通してのアリストテレス自然学の再発見』 Abu Ma‘shar and Latin Aristotelianism in the
Twelfth Century : The Recovery of Aristotle’s Natural Philosophy through
Arabic Astrology, Beitrut, Catholic Press, 1962 が有名ですが、論文「中世大学における天文学教育:14世紀パリの場合」 “The Teaching of Astronomy in Medieval Universities,
Principally at Paris in the Fourteenth Century”, Manuscripta, 20 (1976),
pp. 197-217 も良い研究だと思います。
2004. 5. 28 金
コスタ・ベン・ルカについては、次のような未公刊の博論があるようです。『コスタ・ベン・ルカの「霊魂と精気の違いについて」の伝播と影響』
Judith Carol Wilcox, The Transmission
and Influence of Qusta ibn Luqa’s On the Difference of Soul and Spirit, Ph.
D. diss.
2004. 4. 23 金
リェージュにあるアヴィセンナ研究書としては最後となる『アヴィセンナの宗教思想』
L. Gardet, La pensée religieuse d’Avicenne, Paris,
Vrin, 1951 も借りてきました。戦前から続く仏語圏を中心としたアヴィセンナ研究伝統の一種のクライマックスに位置する作品です。この後の数十年、Jean Michot の1986年の作品まで、新しいことにトライした単著は出てないようです。
2004. 4. 21 水
どうやら、ワールブルグ研究所のチャールズさんの指揮下、コスタ・ベン・ルカ Qusta Ibn
Luqa についての本が出されるようで、その中には西欧の医学と霊魂論に大きな影響を与えた書『精気と霊魂の違いについて』
De diffenrentia spiritus et animae の校訂テクストと英訳が含まれることになっているそうです。いつ出るのでしょうか?1998年に書かれた情報なので、もう出ているのかも知れません。アラビア、そして西欧における『カノン』以前の精気の概念を押さえる上で要チェックです。
2004. 4. 16 金
アヴィセンナ研究は、BHメイトの俵君と一緒にいろいろ調べ物をしているので、お互いに一人で研究するより、はるかに早く進みます。特に、東京とリェージュでは、図書館の蔵書の傾向が全く違うので、相互補完することになっていると思います。アヴィセンナ研究のメッカであるルーヴァンに行けるようになると、これまた数段違うのでしょうが、今は行けません。>
僕が調べている発生論のとある概念は、アヴィセンナにおいては、いったい形而上学の分野に入るのか、霊魂論の分野に入るのか、はっきりしないでいます。一昨日までは、形而上学と考える方に傾いていましたが、今はやっぱり霊魂論かな?と疑問を持っています。どっちでも良いじゃないか、と感じられる方もいるかと思いますが、霊魂論だとすると自然学の一分野ということになります。つまり、自然なものなのであり、超自然あるいは神的なものではなくなります。しかし、もっというと、医学と霊魂論、形而上学の3つの分野の中間領域にポッカリと穴が開いていて、そこに落ちているのではないかとも思えます。う〜む、奥が深い。
2004. 4. 8 木
アヴィセンナの形而上学研究の基本書を借りてきました。『アヴィセンナにとっての本質と存在の分別』 Amélie-Marie Goichon, La distinction de l’essence et de
l’existence d’après Ibn Sīnā (Avicenne), Paris, Desclée de Brouwer, 1937. かなり古い本ですが、これを超えるようなものは出ていないようなので、マスト・アイテムです (どうやら1999年にフランクフルトのアラブ・イスラム科学史研究所から復刻版が出されているだけあって、その価値は朽ちていないのでしょう)。存在と本質に関する議論はトマスのものが有名ですが、その根底を与えるものなのでしょう。ま、僕の関心は、別のところにあるのですが。アヴィセンナの哲学的著作の見取り図も与えてくれます。しかし、自然学でこれに匹敵するような研究は出てこないのでしょうか?伝統的な哲学研究では形而上学と霊魂論を分析して満足してしまうところが多いのですが、それらをつなぐカギの部分は自然学を見ないといけないはずです。> 取り敢えず、この本に出ているデータを下に、『救済の書』の形而上学部のアラビア語版とラテン語訳、そして『治癒の書』の形而上学との対応表をアラビカに挙げておきます。特に後半部は本当にキレイに対応しています。したがって、この部分に関してなら、既に出ている仏語訳か伊語訳で十分であるということが分かります。
2004. 3. 31 水
アヴィセンナの主著である百科全書的『治癒の書』
Al-Shifa は、形而上学の部分と自然学における霊魂論の部分が現代欧語訳されています。それはそれでありがたいのですが、自然学のその他の部分の訳は全く進んでいません
(僕の調査が足りないのかも知れませんが、おそらく大丈夫でしょう)。これはひとえにアラビア学者 (とくに科学史家) といわれる人達の責任遂行能力に問題があるのか、問題意識そのものに問題があるのか?とフト思ってしまいます。中世にはラテン語訳が作られたのですから、歴史におけるニーズと影響は確かなはずです。
2004. 3. 27 土
アヴィセンナの『治癒の書』 Al-Shifa と『救済の書』 Al-Najat の真の関係が、やっと分かりました。特に自然学と形而上学の部分は、双方とも、同一の起源となる初期の著作『出自と回帰の書』から形成されたもので、逐語的に対応する場所も多いようです。例外は霊魂論の部分のようで、これを別個に訳した意味は大きいようです。ということで、『救済の書』にこだわる意味は減りました。僕の場合は西欧に伝播した部分にだけ注意を払えば良い訳ですから、やはり中心的に見ていくのは、『治癒の書』の自然学と形而上学、そして『医学典範』における生理学の関係になる訳です。
2004. 3. 26 金
1926年に出版されたアヴィセンナの『救済の書』 Al-Najat の形而上学の部分のラテン語訳が、哲学図書館にあるのを見つけたので、取りあえず目次をコピーしてきました。アラビカに、その構成を挙げておきます。>
同時に、邦訳書も出されて広く知られるようになったグタスの『アヴィセンナとアリストテレス伝統:アヴィセンナの哲学的著作の読書入門』 D. Gutas, Avicenna and the Aristotelian
Tradition : Introduction to Reading Avicenna’s Philosophical Works,
Leiden, Brill, 1988 を借りてきました。アヴィセンナの学問論といった感じで、彼の自然学や形而上学の内容を分析するものではありませんが、彼の哲学的テクストを成立年代順に分析して相互の関係を記述している部分が、僕には役に立ちそうです。
2004. 3. 25 木
昨日受け取った『アルファラービ、アヴィセンナ、アヴェロエスにおける知性』を読んでいるのですが、これはスゴイですよ。ずいぶん長いこと、こんなにディープな本に出会ったことはなかったような気がします。単なる霊魂論や形而上学と違って、自然に関することとのリンク、つまり天上界と地上界の結び目に関する議論の取り方が絶妙です。ないものねだり的に残念な点を挙げると、文献表がないことです。特にテクストに関するリストが欲しかったです。それから、僕は中古市場で見つけたので半値以下で済んだのですが、定価が高すぎるのも問題です。出版されて既に10年経つのですから、安価なソフトカヴァー版も出せば良いのに。ま、学生さんには、迷わず図書館で借りることをお勧めします。
2004. 3. 24 水
昨日受け取れなかった本を郵便局に取りに行って来ました。『アルファラービ、アヴィセンナ、アヴェロエスにおける知性:その宇宙論、能動知性と人間知性の理論』
Herbert A.
Davidson, Alfarabi, Avicenna, and
Averroes, on Intellect : Their Cosmologies, Theories of the Active
Intellect, and Theories of Human Intellect,
2004. 3. 21 日
『アヴィセンナ・ラティヌス』で有名な、アラビア文献のラテン世界への伝播を研究した偉大なる
Marie-Thérèse d’Alverny の仕事を、現代の我々が追うとき便利なように、論文集としてまとめられているものを中心にリストアップしました。
2004. 3. 19 金
Haly について調べて思ったのですが、世界のアラビア学の状況は、僕にわせれば、嘆かわしいの一言に尽きます。同じ時期にあるテーマに関して掘り始めても、ギリシア学のものの方が、はるかに早く回答が出ます。ギリシア語もアラビア語も僕は読めませんから、言葉が読める・読めないというのが原因ではありません。とにかく、学術メジャー言語で書かれた研究の積み重ねの厚さが段違いに違うのです。平行するように、アラビア原典からラテン語訳を通して西欧世界に入ったものの研究
semitico-latinus の進みも非常に遅いです。嘆かわしい。
2004. 3. 18 木
注文していたアヴィセンナの『形而上学』の仏訳 Avicenne, La Métaphysique du Shifā’, Paris, Vrin, 1985 の下巻が到着しました。今日はこれを読みましょう。> 僕の探していた場所は2箇所とも見つかりました。両方とも、第9書第5章でした。アヴィセンナにとって、霊魂が胎児の肉体に宿るのは、どのような仕組みになっているか知りたかったのですが、う〜む、何とも凄いコスモロジーです。ついでに、章立てを挙げておきます。
2004. 3. 16 火
中世アラビアにおける発生学に関する目立った研究はないのかな?と探していたのですが、『中世アラビア・イスラム医学における発生、遺伝、胎児形成』 Ursula Weisser, Zeugung, Vererbung und pränatale Entwicklung in der Medizin des arabisch-islamischen Mittelalters, Erlangen, 1983, 571pp という大著が、アヴィセンナを中心に扱っているようです。しかし、おそらくは博論の出版なので、かなりレアで僕の身近な図書館にも、中古市場にもありません。
しかし僕自身、アラビア学に首を突っ込むのは初めての事なので、素人同然。まだまだ研究のイロハを知りません。もっというと、良いツールを知りません。中世ラテン世界に関しては、以前にもここで紹介した、細かい研究分野別に最新の基本文献を挙げてくれる研究者の強力なバイブル『中世ラテン:入門と文献ガイド』というものがあるのですが、アラビア学に関しても似たようなものがあるのではないでしょうか?それとも、その役目は、『イスラム百科事典』が果たし続けているのでしょうか?>
BHメイトの三村君の話では、まとまった研究文献表というのは、まだないようです。
2004. 3. 15 月
『医学典範』の第3書を少しだけ見ていて、一つ良い場所を見つけました。フェン20の第3章です。
2004. 3. 14 日
Haly (Ali Ibn Ridwan) というアラビア人医学者による『ガレノス「テグニ」注解』が、アバノのピエトロにとっては重要なソースの一つなのですが、『医学典範』を見ていて、アヴィセンナにとっても、そうではなかったのかな?と思えるようになりました。Haly について少し調べてみましょう。> なかなか難しいですね、この件は。研究としては、プトレマイオス注解者としての方が進んでいるという感じです。医学方面では、彼のエジプト風土病の著作については幾つかあるのですが、肝心要である西欧で最も影響力のあった彼の『「テグニ」注解』に関しての記述は少ないです。ま、目立った研究がないにしても、ウェブ上に彼の注解のテクストがあれば良いのですが、見つかりません。
2004. 3. 12 金
アヴィセンナの『医学典範』で僕が調べたいことは大きく限られています。しっかりした索引があれば、そこから遡れますが、毎回きちんとした語句索引のある
Avicenna Latinus に比べて難しいかな?と思っていました。一昨日見つけたニューデリーで出されている医学史シリーズには、アラビア語だけのグロッサリーとアラビア・英語の2ヶ国語グロッサリーが出されています。両方とも、なぜか同じくらいの分量です。さらに疑問に思っているのは、これらの別冊グロッサリーが、単純な用語集なのか、校訂版の該当箇所をさす索引としても機能するのか?です。残念ながら、これらは普通の国立図書館にないのは当たり前ですが、ウェルカムにも入っていない超レア・アイテムなので、このままでは調べられません。
『医学典範』の中で探していた箇所を運よく見つけることが出来ました。それ以外で、どこで似たような議論があるか知りたいところですが、それは索引を使わないとダメでしょう。ま、これで緊急の要件ではなくなりましたので、今の作業が終わってからでも、それに進みたいと思います。
2004. 3. 11 木
同時に俵君から送ってもらったアヴィセンナ『救済の書』における霊魂論の邦訳を読みました。それによると、霊魂は胎児の肉体の混合が準備されたとき、つまり、星辰のもつ平衡状態に最も近づいたとき、物質から生まれるのではなく、遊離している能動知性によって外側から与えられることが良く分かります。これが、「形相を与えるもの」
dator formarum としてアヴェロエスが批判する理論です。霊魂論では、ここまでですが、この能動知性と星辰の関係は、『形而上学』で展開されるようです。
2004. 3. 10 水
ローマの大橋さんの追加情報によると、アヴィセンナ『形而上学』のミラノ版は、アラビア語、ラテン語、イタリア語訳の3ヶ国語構成であることが分かりました。アラビア語はカイロ校訂版、ラテン語は
Van Riet 校訂版からの又引きです。ただし索引はなし。ところで、各版の元の頁打ちも標記されているのでしょうか?僕の場合は、Van Riet 版と、Anawati 仏訳を合わせて使えば話は済むのですが、Van Riet はリェージュにないし、Anawati 訳は案外高いので困ってしまいます。取りあえず、2巻組 Anawati の下巻を注文して、Van Riet 版はルーヴァンに行った時に借りたいと思います。それまで、『形而上学』にアタックするのはお預けです。
ウェルカムの図書館カタログを検索していて、アヴィセンナの『医学典範』のアラビア語校訂版からの新しい英訳が始まっていることを知りました。現在のところ第2書まで出ているようで、2巻組で50ドルと、それほど高くありません。ニューデリーにある大学の医学史研究所の出版物です。詳しくは、アラビカをご覧下さい。
2004. 3. 8 月
ローマの大橋さんに教わったアヴィセンナの『形而上学』のイタリア版は、アラビア語とラテン語のテクストの見開き対訳で1300頁を越す大冊なのに33ユーロと破格な値段が付いています。アラビア語とラテン語だけというところがスゴイ。一般人に買って貰うつもりは毛頭ナシという姿勢なのに、この値段。イタリアは不思議な国です。ということで、世のアヴィセンナ学徒は、これは自分のために出されていると思っていでしょう。>
修正情報が大橋さんから入っていますので、掲示板をご覧下さい。
2004. 3. 6 土
アヴィセンナの方は、BHメイトの俵君が『救済の書』
Al-Najat のアラビア語版を持っているので、幾つか続けて質問しています。『救済の書』は、三書構成で、第一書が論理学、第二書が自然学、第三書が形而上学に当てられています。自然学の第6章が霊魂論ということです。『治療の書』
Al-Shifa の第六書が霊魂論ですから、『救済の書』における自然学の章立ては、『治療の書』に上手く対応しているのかも知れません。この章の邦訳は、中世思想原典集成の第11巻に収められています。大部な『治療の書』の霊魂論を要約した入門編ですので、興味ある方はこの邦訳から入るのが一番良いのではないか?と思います。詳しくは、アラビカをご覧下さい。
2004. 3. 5 金
こう毎日のようにアヴィセンナ、アヴィセンナと連呼していると、羅語の読み方なのだからアヴィケンナと言って下さいとか、アラブ世界の人なのでイブン=シーナーと書くべきではないでしょうか?というお節介者が必ず現れるでしょうから、先に言っておきますが、僕はこの際、細かいことは気にしていません。細かいことを言い出すと、だいたい Sina (バーを付ける文字は表示できない人もいると思うので外します) の Si をスィと書かないで、シと書くこと自体良いのか?ということになります。ま、僕の場合、欧文で発表する研究の下準備として、ここでいろいろ書いているのであって、日本語で書き物を発表する立場にいる訳ではないですから許して下さい。
2004. 3. 4 木
もう少し調査が進んだら、BH内にもアラビカのコーナーを作りましょうね。でも、現段階では、そこまで行けません。なぜ最近こうアヴェロエスだのアヴィセンナだのと、アラビア方面を掘り進んでいるかというと、そもそもはガレノスのとある概念の変遷を追っているからです。中世の発生学というと直にアルベルトゥスとトマスになりますが、実は上記のアラビアの著作家については殆ど研究らしい研究が見当たりません。で、僕の読んでいるルネサンスの医学者のテクストでは、ラテン中世人ではなく、どちらかというとアヴィセンナとアヴェロエスの議論を土台に話を進めているので、それに沿って掘り進めている訳です。アラビアだけかと言うと、そうではなく、ギリシア人注釈家たちが動員されています。それで、アレクサンドロスとか、テミスティウス、シンプリキオスを同時並行で調べている訳です。従って、あっちへ飛んだり、こっちへ飛んだりしているように見えますが、全て一つの土台の上に成り立っているのです。幸いにも20〜30年前に比べると、それぞれの分野の研究はそれなりの発展を遂げていて、詳しい注釈のついた校訂版や現代語訳で読めるテクストが多くなっているので助かっています。>
やっぱり、アラビカを個人用に立ち上げることにしました。データに関しては、まだまだ不確実性が伴いますので、注意してください。
2004. 3. 3 水
2月12日発送されたはずのアヴィセンナとアヴェロエスに関する本をずっと待っています。なかなか到着しません。僕は、これにかなり期待していて、まず、これを見ておかないと先に進めないなと感じています。仕方ないので、そろそろ図書館のイスラーム学分室をアタックしようかと思っています。古典学分室の隣にあります。>
司書さんは優しい人でしたが、本を借りるときは一冊ごとに教授の許可を得なければ行けないという、何とも今までにない恐ろしい体制です。普段知らない人が来ないところというのは、毎度何か不思議な仕掛けが待っています。>
それでもアヴィセンナに関する用語辞典から少しコピーを取り、アヴェロエスに関する基本論集『複数のアヴェロエス』 Multiple Averroès, Paris, Belle
Lettres, 1978 を借りて来ました。その中に入っている論文で 10年前に読んだものがありました。正確には同じではありませんが、ヴァージョンが違うという感じです。今読むと、リアリティを持って知りたいことが幾つか分かりました。巷では、テミスティウスが世界霊魂のことを語っていると聞くのですが、『「霊魂論」注解』にはそれらしい場所を見つけることは出来ませんでした。どうやらそれが、ヘブライ語だけで現存している『「形而上学・ラムダの書」注解』の中にあり、それをアヴェロエスが自らの注解に引いているところから有名になったようです。非常にラッキーなことに、近年そのヘブライ語の仏語訳が出ているようです。20ユーロと安価ですから世のプラトニストは、迷わず買いかもしれません。
アレクサンドロスの方は読んでみましたが、答えが出たような、出ていないような、そんな宙ぶらりんな感じです。つまり、クリア・カットな答えはまだ出ていないということなのでしょう。もう少し様子を見ないといけないようです。とにかく、『霊魂論』 De anima と、その補遺に入っている『知性について』 De intellectu が、かなり異なった思想的背景の上に成り立っているということは分かりました。とくに偽アリストテレスの『世界論』 De mundo 同様に、『知性について』はアリストテレス・ストア折衷主義の色合いが濃くて、アラブ世界で受けたというのも納得のいくところです。
2004. 3. 2 火
集中的に見ているアヴィセンナと同時に、アレクサンドロスも調べ続けています。次に受け取る2冊で疑問に思っている部分が解消すれば良いなと思っていますが、どうでしょうか?もう少し言うと、彼はガレノス同様に、霊魂をマテリアルなものだとしていますが、霊魂の運搬者としての精気の概念を用いているか確認したいのです。>
『ギリシアにおけるアリストテリス主義』
P. Moraux, Der Aristotelismus
bei den Griechen, Berlin, 1973 のイタ語訳 L’aristotelismo
presso i Greci, Milano, 2000 の一巻だけ先に借りてきましたが、僕に必要だったのは、2巻の第一分冊の方でした。ま、それは次に借りれば良いとして、イタ語版を紹介すると、引用 loci 表が新たに付け加えられている点が特筆です。索引もパワーアップしています。今は亡き著者を紹介するイントロで、彼がベルギー生まれ&リェージュで博士号を取ったことが分かりました。デビュー作『アフロディズィアスのアレクサンドロス』 Alexandre d’Aphrodise : Exégète de la noétique d’Aristote, Liège,
1943 は、何と23歳!の時に書いたそうです。早熟の才だったのですね。皆さんは、23歳の時いったい何をしていましたか?ちなみに、独文からイタ語訳された序では、リェージュの表記がイタリア式に Liegi ではなく、そこだけ Lüttich で残っているところがご愛嬌です。
目暗滅法に進んでいても仕方がないので、基本に戻ってDSB (Dictionary of Scientific
Biography) と EI (Encyclopédie de
l’Islam) のアヴィセンナに関する記事を取ってきました。これまでに分かったことと合わせて、自分用に整理しておきます。彼の主著『(無知の)治療の書』は百科全書の形態を取っていて、論理、自然、数学、形而上学からなる4つの学芸分野に細分されています。これを大幅に縮小した入門編が『救済の書』です。『治療の書』の自然学の部は、8つの主要学科
(原理、宇宙、生成消滅、気象、鉱物、霊魂、植物、動物) と7つの副次学科 (医学、錬金術、占星術、占術など) から構成されています。Avicenna Latinus シリーズとしてラテン語訳の校訂版が現在出されているものを挙げると以下のようになります。
『形而上学』 Liber de philosophia prima (Louvain,
1977-1983)
『自然学』
第1の書「原因・原理論」 Liber primus naturalium de
causis et principiis (1992)
第2の書「宇宙論」
第3の書「生成消滅論」 Liber tertius naturalium de
generatione et corruptione (1987)
第4の書「元素論」 Liber quartus naturalium de
actionibus et passionibus elementorum (1989)
第5の書「鉱物論」 部分訳は、De congelatione et conglutinatione lapidum 校訂版なし。
第6の書「霊魂論」 Liber sextus de anima (1968-1972)
第7の書「植物論」 ラテン語訳?
第8の書「動物論」De
animalibus 校訂版なし。
2004. 2. 29 日
どなたか古本屋巡りの好きな方で、イブン・スィーナ『医学典範』(朝日出版社、1981年) を見つけられる方は、ご一報下さい。ウォンテッドします。また、中世思想原典集成のイスラーム哲学の巻に入っている『救済の書』 (339-406頁) をコピーして頂ける方はいないでしょうか?> BHメイトの俵君が『救済の書』をコピーしてくれるそうです。
2004. 2. 27 金
古典学の図書館に本を返しに行って、テオフラストの『形而上学』について少し調べものをした後、哲学の図書館でガレノスの霊魂論に関する論文をコピーして帰ってきましたが、建物の外は凍てつくように寒いです。午後は敬愛する
G. Verbeke がラテン語版のアヴィセンナの『霊魂論』に寄せたイントロを読みました。少し分かってきました。で、気が付いたのですが、中世思想原典集成のイスラーム哲学の巻は良い翻訳セレクトをしているのですね。> 昨日の疑問の存在しない第4書第5章ですが、実は中世の手稿では一様に、アヴィセンナの『心臓についての書』からの抜粋が、第4書と第5書の間に挿入されていたそうです。これで、謎は解けました。
2004. 2. 25 水
プラトニスト棟尾さんが、アヴェロエスの『動物発生論』注解の件で貴重な報せをくれました。それによると、確かにアヴェロエスは大・中・小の3つの注解を書いたようですが、現存するのは中世にラテン語訳された中注解だけだそうです。これでなぜラテン語の注解が面白くないのか、合点が行きました。僕の知りたいようなことは、レヴェルの高い大注解で議論されていたようです。現存しないのですから、これ以上この路線を攻めることは出来ません。アヴェロエスが教えたであろうことを無理に知りたい場合は、僕の読んでいるルネサンス人がしたように、現存する『霊魂論』と『形而上学』への注解から断片的な情報を拾って再構成しないといけないようです。難しいのですが、ある意味、仕事がしやすくなりました。
2004. 2. 23 月
イスラム哲学関係の諸概念についてウェブ上に流布している記述は、大体がH. コルバンの『イスラーム哲学の歴史』 H. Corbin, Histoire de la philosophie islamique,
Paris, Gallimard, 1964 の英訳から取られている2番煎じであることが分かります。英訳は中古市場でも現在1万円位するみたいですが、仏語版なら新装のポケット版で千円以下です。昭和49年に出された和訳もあるようです。> アラビア関係のことで、ここのところ幾つか続けてBHメイトの俵君に相談しています。
2004. 2. 18 水
昨晩、早速注文したアヴェロエスの『「形而上学」大注解』の『ゼータの書』が到着するまで、『ベータの書』に続いて、『ラムダの書』の仏語訳を借り出してきました。パリの Belles Lettres 書店から出ていたものなので、パリのものかと想像していたら、リェージュ大学の人文哲学科の叢書でした。これは、スゴイや。同年に出た英訳版もあるのですけれど、恐らくはこっちの方が上でしょうね。ただし語句索引がアラビア語だけなので、誰かに助けてもらわないといけません。
2004. 2. 16 月
アヴェロエス『「形而上学」大注解:ベータの書』 Averroès, Grand commentaire (Tafsīr) de la Métaphysique, livre Bêta, trans. by Laurence Bauloye, Paris, Vrin, 2002 を受け取りました。ベータの書は、直接的には今の作業に関係ないのですが、アヴェロエス研究の最新事情と現代語訳が進んでいない理由を知ることが出来ました。特に、どこの検索にも引っかからないようなフランスの博論に入っている『ゼータの書』の現代語訳の存在を知ることが出来たのは収穫でした。そのうち注文したいと思いますが、まずは手近にある『ラムダの書』の現代語訳を借りてこようと思います。結局、まともな訳があるのはベータ、ゼータ、ラムダの3つになります。で、僕が必要としていたのはゼータとラムダですから、非常にラッキーです。
2004. 2. 12 木
午前中、もう一人のガレノス論文の最終チェックをした後、午後は久しぶりに大学図書館へ行ってきました。溜まっていた文献データのチェックをし、アヴェロエスとアヴィセンナ関係は結構リェージュにあることを確認しました。特にアヴィセンナ『霊魂論』の校訂版があるところがラッキーです。そして、お気に入り『哲学史辞典』 Historisches Wörterbuch
der Philosophie で、霊魂とアニムスや霊魂の転生についての項目をチェックしました。ラテン語の
animus を使ったのは、意外にもルクレティウスであるとことを知りました。ウェブ上では、ユング心理学の概念の説明ばかりで、古代や中世、そして初期近代の用法について知りたい場合は障害が多いです。どなたか良い資料を知っていたら、教えてください。
2004. 2. 9 月
ひたすら昨日の続きです。アヴィセンナの『カノン』から、『動物論』に戻りました。で、ひとまず出来ることのカタはついたと思います。ここへ来て、アルベルトゥス・マグヌスの『アリストテレス「動物論」注解』が、僕の知りたいことへのヒントをくれるかも知れないと思うようになりました。ますますルーヴァンの図書館に早く行かなければならないようです。
2004. 2. 8 日
昨日の晩の発見を元に、さらに掘り進めています。アヴィセンナの『医学典範』も、実際に中の構造を見るのは今回が初めてです。で、中世の医学者アバノのピエトロが、アリストテレスやアヴェロエスと名前を明記しないで、例えば
tertio 21 とだけ言うとき、それはアヴィセンナの『医学典範』の第3書の Fen 21
を指すのだと分かりました。でも、こういうのは別に発見というのではなく、お作法を独学で身につけているようなものです。僕が発見というときは、それが専門家にとっても、おそらく新事実であるような重要な意味を持っている場合です。
2004. 2. 7 土
それよりも僕にとって収穫だったのは、久々に夜中遅くまで起きているとき、大きな発見をしたことです。そこで、皆さんにお聞きしたいのですが、アヴェロエスにあるようなまとまった研究文献表がアヴィセンナにもあるのでしょうか?また、アヴィセンナの『動物論』
De
animalibus を扱った研究を見かけたことはありますか?
2004. 1. 31 土
今続けている作業の方は、アヴェロエスを一旦置いておいて、アバノのピエトロの議論を追っています。確かに、アヴェロエスの『アリストテレス「形而上学」大注解』における議論を縦糸にして、ガレノスやアヴィセンナの意見を散りばめています。アヴィセンナの『霊魂論』も、やっぱりチェックしないといけなくなりました。ところで、どなたか、ラテン語版のアヴェロエスの『アリストテレス「霊魂論」大注解』のウェブ・テクストのありかをご存知の方は一報ください。
2004. 1. 30 金
ド・リベラ氏の翻訳を紹介します。アヴェロエス『知性と思想』 Averroès,
L’intelligence et la pensée, trad.
par Alain de Libera, Paris, Flammarion, 1998
で、『アリストテレス「霊魂論」大注解』の第3書を翻訳したもので、非常に詳細な注が付いています。表紙デザインもなかなか良いです。このテクストに密接に絡むトマス・アクィナスの『アヴェロエス反駁』
Thomas d’Aquin, Contre Averroès, trad.
par Alain de Libera, Paris, Flammarion, 1994 は、ラテン語との見開き対訳です。このシリーズは安価な文庫本な割には、レヴェルが非常に高いので注目です。
僕が今見ているのはルネサンス期の医学テクストで、アバノのピエトロと、彼のアイデアの源泉となったアヴェロエスを反駁する目的で書かれたものです。古代末期ギリシアのアリストテレス注解者たちのテクストが多用されています。議論自体は、アリストテレス『動物発生論』 2-3の星辰と精液の関係を説明した部分を、どう解釈するか?という問題を中心に展開されています。懸案となっているもう一人のガレノス論文を片付けたら、このテクストの分析に本格的に取りかかる予定です。>
ところで、一つ分からないことがあります。このテクストには、アヴェロエスがアヴィセンナの霊魂論を注解したようなことを書いてあるのですが、どういうことなのでしょうか?
ガリカにあるラテン語版のアリストテレス全集は、何と霊魂論が欠けているのに気が付きました。従って、アヴェロエスの大注解もありません。
2004. 1. 29 木
一昨日のシンプリキオスから、アリストテレスの『動物発生論』へ、そしてさらにアヴェロエスの『アリストテレス「形而上学」大注解』へ雪崩れ込みました。特に、第12書のアリストテレスの『動物発生論』2.3に関連する注解部分をガリカで落としたテクストで読んでいます。普段聞きなれないスコラ哲学用語の連発で大変ですが、その昔、ド・リベラの『中世知識人の肖像』の星辰と精液の章を読んで受けた印象以上に、アヴェロエスは星辰の影響を重んじていることが分かります。そして、これがアバノのピエトロの発生理論へとつながるのだなと思わせます。