ビザンツ世界の占星術・錬金術・魔術
佐藤二葉さんを特別ゲストに迎えて開催したBHチャンネルの生配信「アンナ・コムネナ祭り!」で、アンナ・コムネナの占星術にたいする態度について質問しました(2022.02.12)。それを受けて、スペースの「ウシミツドキ」でアラビア・イスラム学者の中西さんと続きを話しました。これを良い機会として、ビザンツ世界のオカルト諸学をめぐる研究動向をまとめる専用頁をたちあげました。これから記述を充実させていきます。
総合的な論集
Henry
Maguire (ed.), Byzantine Magic
(Washington, DC: Dumberton Oaks, 1995).
『ビザンツの魔術』
キリスト教と魔術の関係に焦点があわされている感もありますが、大事な第一歩としての論集です。
John Duffy,
“Reactions of Two Byzantine Intellectuals to the Theory and Practice of Magic:
Michael Psellos and Michael Italikos,” 83-97.
「魔術の理論と実践にたいする二人のビザンツ知識人の対応:プセロスとイタリコス」
とくにプセロスについて良くまとまっていて、おススメです。
Paul
Magdalino & Maria Mavroudi (eds.), The
Occult Sciences in Byzantium (Genève: La Pomme d’Or, 2006).
『ビザンツにおけるオカルト諸学』
こちらは充実した論集となっています。
必携モノから
The Cambrige Intellectual History of Byzantium (Cambridge:
Cambridge UP, 2017).
『ビザンツ世界のインテレクチュアル・ヒストリー』
Paul
Magdalino, “Astrology,” 198-214.
「占星術」
Richard
Greenfield, “Magic and the Occult Sciences,” 215-233.
「魔術とオカルト諸学」
Gerasimos Merianos, “Alchemy,” 234-251.
「錬金術」
Stavros
Lazaris (ed.), A Companion to Byzantin
Science (Leiden: Brill, 2020).
『ビザンツ科学・必携』
Anne-Laurence
Caudano, “Astronomy and Astrology,” 202-230.
「天文学と占星術」
Maria K.
Papathanassiou, “The Occult Sciences in Byzantium,” 464-495.
「ビザンツ世界におけるオカルト諸学」
なかなか手堅くまとまっている論考です。
占星術
a.
古典期(6世紀まで)
有名な天文学者プトレマイオス(c. 68-c. 168)は、それまでの知見を集大成した占星術書『テトラビブロス』を執筆し、これは占星術の伝統における金字塔となりました。それと並行するように、『占星術詩』 Carmen astrologicum で知られるシドンのドロテウスなどが、アレクサンドリアにおける古典占星術の系譜を形成します。
David Pingree, “Classical and Byzantine Astrology in Sassanian
Persia,” Dumbarton Oaks Papers 43
(1989), 227-239.
「ササン朝ペルシアにおける古典・ビザンツ占星術」
おとなりのササン朝ペルシアにおける受容の話ですが、アレクサンドリアの古典占星術について学べます。
David Pingree, From Astral Omens to Astrology (Rome: Istituto italiano per l’Africa e l’Oriente, 1997),
63-77.
『天兆から占星術へ』
アラビア占星術のビザンツ世界での受容について議論されています。
David Pingree, “From Alexandria to Baghdād
to Byzantium: The Transmission of Astrology,” International Journal of the Classical Tradition 8 (2001), 3-37.
「アレクサンドリアからバグダードへ、そしてビザンツ世界へ:占星術の伝搬」
東ローマ時代のアレクサンドリアで興隆した「古典占星術」の系譜をあとづけた決定的な論文です。重要。
Efstratios Theodossiou
et al., “Astrology in the Early Byzantine Empire and the Anti-Astrological
Stance of the Church Fathers,” European
Journal of Science and Theology 8 (2012), 7-24.
「初期ビザンツ帝国における占星術とキリスト教父の反占星術的な立場」
歴史学の文献をほとんど参照していないので、これは入門以外には役立ちません。
b.
ビザンツ世界(7世紀から15世紀)
David Pingree, “The Horoscope of Constantine VII Porphyrogenirus,” Dumbarton
Oaks Papers 27 (1973), 217-231.
「コンタンティノス7世のホロスコープ」
コンスタンティノス7世(c.
905-959)の誕生星図についての論考。
Paul
Magdalino, The Empire of Manuel I
Komnenos, 1143-1180 (Cambridge: Cambridge UP, 1993).
『マヌエル1世の帝国』
アンナ・コムネナの甥にあたる皇帝マヌエル1世について伝記的な研究です。宮廷における占星術についての記述が頻出します。
Maria
K. Papathanassiou, “Iatromathematica (Medical
Astrology) in Late Antiquity and the Byzantine Period,” Medicina nei Secoli 11 (1999), 357-376.
「古代末期とビザンツ期の占星医学」
アレクサンドリアのステファノスを中心に、占星医学の基本的なところを説明しています。
Paul Magdalino, “The
Byzantine Reception of Classical Astrology,” in Literacy, Education and Manuscript Transmission in Byzantium and Beyond,
ed. Catherine Holmes et al. (Leiden: Brill, 2002), 33-58.
「古典占星術のビザンツにおける受容」
ピングリーが上記の論文でまとめた系譜がどのように、ビザンツ世界で受容されたのかを追っています。
Paul Magdalino, “The
Porphyrogenita and the Astrologers: A Commentary on Alexiad, 6.7.1-7,” in Porphyrogenita:
Essays on the History and Literature of the Byzantium and the Latin East,
ed. Ch. Dendrinos et al. (Aldershot: Ashgate, 2003), 15-31.
「ポルビュロゲニタと占星術師たち:『アレクシアス』第6巻第7章の注解」
アンナ・コムネナの『アレクシアス』における占星術についての記述を解説した論文です。日記に記述。
Paul Magdalino, L’orthodoxie des astrologues: la science
entre le dogme et la divination à
Byzance (VIIe-XIVe siècle) (Paris: Lethielleux,
2006).
『占星術師たちの正統:ビザンツ世界における学説と占いのあいだの科学』
Paul
Magdalino, “Occult Science and Imperial Power in Byzantine History and
Historiography (9th-12th Centuries),” in Magdalino & Mavroudi (2006),
119-162.
「ビザンツ世界の歴史と歴史叙述におけるオカルト学と皇帝権力」
ビザンツ宮廷における占星術を中心とするオカルト諸学の受容について、10世紀から12世紀を中心に扱うもので、とても良くまとまっています。ここから入ると良いかも知れません。日記に記述。
魔術
プセロス
(Psellos, c. 1018-c. 1078)
Léon
Gautier, “Le De daemonibus du Pseudo-Psellos,” Revue des études byzantines 38 (1980), 105-194.
「偽プセロスの『ダイモーンについて』」
Léon
Gautier, “Pseudo-Psellos: Graecorum
opiniones de daemonibus,” Revue des
études byzantines 46 (1988), 85-107.
「偽プセロス『ダイモーンについてのギリシア人たちの見解』」
John Duffy, “Reactions
of Two Byzantine Intellectuals to the Theory and Practice of Magic: Michael
Psellos and Michael Italikos,” in Byzantine
Magic, ed. Henry Maghuire (Washington, DC: Dumberton Oaks, 1995), 83-97.
「魔術の理論と実践にたいする二人のビザンツ知識人の対応:プセロスとイタリコス」
とくにプセロスについて良くまとまっていて、おススメです。
Darin
Hayton, “Michael Psellos’ De daemonibus
in the Renaissance,” in Reading Michael
Psellos, ed. Charles Barber & David Jenkins (Leiden : Brill,
2006), 193-215.
「ルネサンスにおけるプセロスの『ダイモーンについて』」
これはすごい論文です。フィチーノからケンブリッジのプラトン主義者までのダイモーンについての議論は、ほとんど皆がプセロスの『ダイモーンについて』に依拠していることが示されています。日記に記述。
Katerina
Ierodiakonou, “The Greek Concept of sympatheia
and Its Byzantine Appropriation in Michael Psellos,” in Magdalino &
Mavroudi (2006), 97-118.
「ギリシアの概念としての「共感」とプセロスにみるビザンツでの受容」
錬金術
ビザンツ世界における錬金術の研究は、初期にあたるオリュンピオドロスとステファノスに集中しがちで、8世紀以降のことは非常に手薄となっています。
便覧
Jean Letrouit, “Chronologie des alchimistes grecs,” in
Didier Kahn & Sylvain Matton (eds.), Alchimie:
art, histoire et mythes (Paris: SEHA, 1995), 11-93.
「ギリシア錬金術師の年代譜」
『錬金術:芸術、歴史、神話』に所収された基本文献。素晴らしいものです。こちらに骨子を抜きだしています。
論集
Cristina
Viano (ed.), L’alchimie et ses racines
philosophiques (Paris: Vrin, 2005).
『錬金術と哲学的な根源』
Viano, “Les
alchimistes gréco-alexandrins et le Timée
de Platon,” 91-107.
「ギリシア・アレクサンドリアの錬金術師たちとプラトンの『ティマイオス』」
Papathanassiou, “L’œuvre
alchimique de Stéphanos d’Alexandrie,” 113-133.
「アレクサンドリアのステファノスの錬金術書」
Efthymios
Nikolaidis (ed.), Greek Alchemy from Late
Antiquity to Early Modernity (Turnhout: Brepols, 2018).
『古代末期から初期近代までのギリシア錬金術』
a.
オリュンピオドロス
(4世紀末)
Cristina
Viano, “Olympiodore l’alchimiste et les Présocratiques,” in Matton & Kahn
(1995), 95-150.
「オリュンピオドロスとソクラテス以前の哲学者たち」
Cristina
Viano, La matière des choses (Paris:
Vrin, 2006).
『事物の物質』
Albert
Joosse (ed.), Olympiodorus of Alexandria:
Exegete, Teacher and Platonic Philosopher (Leiden: Brill, 2021).*
『アレクサンドリアのオリュンピオロドス:注解者、教師、プラトン主義哲学者』
Cristina
Viano, “Olympiodorus and Greco-Alexandrian Alchemy,” in Joosse (2021), 14-30.*
「オリュンピオドロスとアレクサンドリアの錬金術」
b.
アレクサンドリアのステファノス
(c.
580-c. 640)
F. Sherwood Taylor, “The Alchemical Works of Stephanos of
Alexandria,” Ambix 1 (1937), 116-139 & 2 (1938), 38-49.
「アレクサンドリアのステファノスの錬金術書」
Wanda Wolska-Conus, “Stéphanos d’Athènes et Stéphanos
d’Alexandrie: essai d’identitification et de biographie,” Revue des Études Byzantines 47 (1989), 5-89.
「アテネのステファノスとアレクサンドリアのステファノス、同定の試みと伝記」
Maria K.
Papathanassiou, “Stephanos of Alexandria: Pharmaceutical Notions and Cosmology
in His Alchemical Work,” Ambix 37
(1990), 121-133.
「アレクサンドリアのステファノス、彼の錬金術書にみる薬学的な概念と宇宙論」
R. Werner Soukup, “Natur, du himmlische!: Die
alchemistischen Traktate des Stephanos von Alexandria. Eine Studie zur Alchemie
des 7. Jahrhunderts,” Mitteilungen der Österreichischen Gesellschaft für
Geschichte der Naturwissenschaften 12 (1992), 1-93.
「アレクサンドリアのステファノスの錬金術書:7世紀の錬金術についての研究」
Maria K.
Papathanassiou, “Stephanos of Alexandria: On the Structure and the Date of His
Writing,” Medicina nei Secoli 8
(1996), 247-266.
「アレクサンドリアのステファノス、彼の著作の構成と執筆年代」
Maria K. Papathanassiou,
“L’œuvre
alchimique de Stéphanos d’Alexandrie,” in Viano (2005), 113-133.
「アレクサンドリアのステファノスの錬金術書」
Maria K.
Papathanassiou, “Stephanos of Alexandria: A Famous Byzantine Scholar, Alchemist
and Astrologer,” in Magdalino & Mavroudi (2006), 163-203.
「アレクサンドリアのステファノス、著名なビザンツ学者、錬金術師、占星術師」
Maria K. Papathanassiou, Stephanos von Alexandreia und sein alchemistisches Werk (Athens:
Cosmosware, 2017).
『アレクサンドリアのステファノスと彼の錬金術書』
テクストの校訂と独訳つき。1992年の博論をそのまま出版したものでしょう。無料でダウンロードできます。
Maria K.
Papathanassiou, “Stéphanos d’Alexandrie: la tradition patristique dans son
œuvre alchimique,” in Nikolaidis (2018), 71-98.
「アレクサンドリアのステファノス、彼の錬金術書にみる教父伝統」
c.
7世紀から15世紀まで
研究は非常に少ない状況です。上記の「ギリシア錬金術師の年代譜」を参照してください。
プセロス
Josef Bidez, Michel Psellus, Epître sur la chrysopée, opuscules et extraits de l’alchimie, la météorologie et la démonologie in
Catalogue des manuscrits
alchimiques grecs (Brussls: Lamertin, 1928), vol. 6.
『プセロス、クリソペアについての書簡、錬金術、気象、ダイモーンについての小品と断片』
Gianna Katsiampoura, “Transmutation of Matter in Byzantium: The
Case of Michael Psellos the Alchemist,” Science and Education 17 (2008),
663-668.
「ビザンツ世界における物質の変成:錬金術師プセロスについての場合」
東方正教会と魔術
Efthymios Nocolaidis, Science and Eastern Orthodoxy: From the
Greek Fathers to the Age of Globalization (Baltimore: Johns Hopkins
University Press, 2011).
『科学と東方教会:ギリシア教父からグローバリゼーションの時代まで』
このなかにも、占星術について少し記述があります。錬金術や魔術はほとんどありません。
日記の記述から
2022. 2. 27 日
午後には、「ルネサンスにおけるプセロスの『ダイモーンについて』」Darin
Hayton, “Michael Psellos’ De daemonibus
in the Renaissance,” in Reading Michael
Psellos, ed. Charles Barber & David Jenkins (Leiden : Brill,
2006), 193-215 というタイトルの論文を読みましたが、これはすごいものでした。
フィチーノのラテン語訳によって西欧に導入されたダイモーンについてのプセロスの議論は、アグリッパやカルダーノといったルネサンス期の著作家から、17世紀のケンブリッジ・プラトン主義者まで、多くの人々の議論の枠組みを与えていたというものです。なかでもカルダーノの『事物の多様性について』にいたっては、ダイモーンについての一巻がまるごとプセロスの論考を要約にすぎないというものです。
2022. 2. 15 火
日曜のつづきとして、ビザンツ皇女アンナ・コムネナが書いた『アレクシアス』にある占星術についての記述を分析する論文を読みました。この論文から前回に読んだ論文にかけて、じつは著者の解釈に変化が生まれたようですが、大意については問題ないようです。あとで専用頁にまとめたいと思います。
2022. 2. 13 日
土曜日の生配信とその直後のスペースでの「ウシミツドキ」の流れから、ちょっと気になったので、ビザンツ世界における占星術と錬金術についての研究をまとめてみることにしました。「ウシミツドキ」の内容は動画にできたので、そのうちに公開します。
「ビザンツ世界の歴史と歴史叙述におけるオカルト学と皇帝権力」Paul
Magdalino, “Occult Science and Imperial Power in Byzantine History and
Historiography (9th-12th Centuries)” という論文を読んでみました。著者によると、占星術への言及は7-9世紀のビザンツ世界にはほとんどありませんが、つづく時代には見出せるようになります。アラビア占星術の建設者アブー・マアシャルの『誕生年回帰について』De
revolutionibus nativitatum がギリシア語訳されたのは1015年ごろで、ビザンツ世界での占星術にたいする関心の復活を示しているでしょう。
皇女アンナ・コムネナ(1083-1154)の『アレクシアス』に見出せる占星術についての記述は、一級史料となるようです。彼女に影響をあたえたプラトン主義者プセロス(c. 1018-c. 1078)と同様に、アンナも学問として占星術に理解を示します(おそらく基礎も学んだのでしょう)が、当時流行っていた未来について安易な方法で答えを見出そうとする新派には否定的だったとされます。さらに彼女の甥にあたる皇帝マヌエル1世(1143-1180)は占星術に熱心で、宮廷には占星術師たちが出入りし、そのことを批判されていたようです。
2022. 2. 12 土
朝6時に起きて8時からの生配信「アンナ・コムネナ祭り!」に備えました。佐藤二葉さんのパフォーマンスは素晴らしいもので、同時視聴が120名にのぼり、同時チャット欄もとても盛りあがりました。BHチャンネルとしては、はじめてのスパチャまでいただき、アンナ様に恥ずかしくないパーティとなったと思います。そのあとは一日中、余韻につつまれていました。
二葉さんとの生配信のなかで質問したアンナ・コムネナと占星術の流れから、ビザンツ世界におけるオカルト諸学について中西さんと「ウシミツドキ」としてスペースをおこないました。日本時間の早朝なので誰も聞いてなかったようですが、なかなか面白い話題だったと思います。