Claus Priesner & Karin Figala

 

Alchemie : Lexikon einer hermetischen Wissenschaft

 

Munchen: C. H. Beck, 1998. への書評

 

 

化学史研究』第27巻、第4号、(2000年)、240-242頁に所収

(化学史学会の許可を得て転載)

 

 

Claus Priesner & Karin Figala (eds.), Alchemie : Lexikon einer hermetischen Wissenschaft. Munchen: C. H. Beck, 1998. ISBN 3-406-44106-8  412pp. 
 
 「キミア」(あえて錬金術と初期化学を区別しない)という知の伝統の歴史を研究する上で、最も大きな困難として研究者の前に立ちはだかる問題の一つにその複雑怪奇な術語群がある。何もこれは、過去の時代の偉大なる知の遺産とのつながりを断ち切られた、そういった時代に生きた人々の精神性を理解できなくなった我々現代人にのみに限った問題ではなく、一般に錬金術師と称されるキミアの発展に直接たずさわった過去の人物達においても多分に厄介なものであった。そこから、歴史上『錬金術辞典』とカテゴリー化される文献が、16世紀から数多く生み出された。その最も代表的なものが、16世紀末-17世紀前半に活躍したドイツのパラケルスス主義者 Martin Ruland による Lexicon Alchemiae (Francfort, 1612) であろう( 。こういった辞典類の隆盛は、今日でさえ変わっておらず、毎年幾つも出版されている )。しかし、その大半は、批判的精神を欠く学術的には使い物にならない類のものばかりである。そんな状況に大きな変化を与える野心的なパースペクティヴを持つ書物が出版された。それが『錬金術:ヘルメス科学の辞典』と題された本書である。 
  
 今では本邦でもその著作の翻訳によって著名になった故 B.J.T.ドブズ()と並んでニュートンの錬金術についての研究で幾つもの重要な業績を残しているドイツの錬金術史研究の1970年代からの中心人物であるミュンヘン工科大学の科学史教授カリン・フィガラ氏( と、バイエルン科学アカデミーの歴史分科会のクラウス・プリースナー氏によって本書は企画・編集されている。その第一の特徴は、錬金術および初期化学に関する学術研究を行っている現在の世界におけるトップ・レヴェルにある歴史家達で寄稿陣を固めている点にある。既に、その寄稿陣の人選において他の同様な辞典群を大きく引き離す魅力を本書は備えている。これまでに、これほどの学術的な質を誇るものがあったであろうか?実際、これ以降も数年間は本書をしのぐキミアに関する辞典はおそらく作られ得ないであろうと容易に推測される内容の水準を誇っている。 
  
 その内容は、関係各分野の世界第一線級の研究者によって寄せられた、錬金術と初期化学の歴史研究上重要である人物および概念に関するアルファベット順に配列された212項目あまりの記事によって構成されている。各項目は1頁から5頁ほどの長さで、各項の最後には、詳細な一次文献および2次文献表が付されている。全25名の寄稿者のうち、寄稿項目数の多い順に主なものを挙げると以下の通りになる。(数字は、寄稿数を示す)  

Claus Priesner 46 
Karin Figala
 22 
Lawrence M. Principe
 21 
Heike Hild
 21 
William R. Newman
 13 
Bernard Joly
 12 
Julian Paulus
 10 
Antonio Clericuzio
 
W-D Mueller-Jahncke
 
Lothar Suhling
 
Ulrich Neumann
 
Hans-Werner Sch?tt
 
Pamela H. Smith
 
Vladimir Karpenko
 
Gerhard Brey
 4  
Didir Kahn
 
Martha Baldwin
 
Gundolf Keil
 
Joachim Telle
 
Jost Weyer
 
Maria Papathanassiou
 
Charles Burnett
 
Zbigniew Szydlo
 
Marco Beretta
 
Gad Freudenthal
 

 索引は人物および事項名を統合したもので、容易に読者が知りたい概念や人物にたどりつけるようになっており、付録として、化学物質に対して錬金術文献で頻繁に用いられる代表的なシンボル記号の対応表が付されている。 

 本書はキミアを扱った専門学術辞典の決定版である。全ての初期化学における概念や物質・人物に関する事項を探る上でまず立ち寄らなければならない文献であり、化学史研究者の全てにとって、今後は必要不可欠なものである。欲を言えば、こういう類の書物は、より多くの人々が利用しやすいように独語でなく英語で出版して欲しかった。 
  


脚注 

(1) Martin Ruland, Lexicon Alchemiae. Frankfurt, 1612. (ファクシミリ・リプリント版、Georg Olms, Hildesheim, 1987). 
(2) 例えば、1999年版の Isis Current Bibliography は他に1998年に出版された2冊を記録している。 
(3) B.J.T.ドブズ『ニュートンの錬金術』 (平凡社、1995) 
(4) 特に、K. Figala, “Newton as Alchemist.” History of Science, 15 (1977), pp.102-137 参照。 
(5) 各寄稿者の記事は、私の web site : bibliotheca hermetica  http://www.geocities.co.jp/Technopolis/ 9866/figala.html を参照。 
 

 

 

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