アヴェロエス研究のラウンジ
アヴェロエスの医学書『医学概論』の研究は、まだまだあまり進んでいるとはいえません。この著作は1285年に南フランスでラテン語に翻訳され、ラテン語の「束ねる」 Colliget という語のタイトルでヨーロッパに幅ひろく伝播したといわれています。全体は7書構成で、1)解剖学、2)生理学、3)病理学、4)兆候論、5)食事と薬、6)養生、7)治療となっています。
アラビア語版の手稿には長短2種類のヴァージョンがあり、1162-1169年ごろに執筆された最初のヴァージョンのあと、晩年の1192年以降に加筆された長尺ヴァージョンができたようです。翻訳にはヘブライ語版とラテン語版の全訳があり、ラテン語版は短尺ヴァージョンをもとにしていますが、あまり正確とはいえないようです。
1.
『医学概論』
Colliget
基礎文献
El libro de las generalidades de la medicina, trans. María de la
Conceptión Vázquez de Benito & Camilo Alvarez Morales (Madrid: Trotta,
2003).
『医学の一般論についての書』
スペイン語によるアラビア語原典テクストの全訳です。
J. Christoph Bürgel, Averroes contra Galenum: Das Kapitel von der
Atmung im Colliget Averroes als ein
Zeugnis mittelalterich-islamischer Kritik an Galen (Gottingen: Vandenhoeck
& Ruprecht, 1967).
『中世イスラムのガレノス批判者としてのアヴェロエスの『医学概論』における呼吸についての章』
Michael R. McVaugh, “The Development of Medieval Pharmaceutical
Theory,” in Arnaldi de Villanova Opera
medica omnia (Barcelona, 1974), II, 1–136: 61-62, n. 15.
「パドヴァ在住のユダヤ人ボナコーザが1285年に翻訳」したことが示されています。
Beatrice H. Zedler,
“Medicine and Philosophy in the Thought of Averroes,” Philosophy Research Archives 5 (1979), 138-160.
「アヴェロエスの思想における医学と哲学」
Helmut Gaetje,
“Probleme der Golliget-Forschung,” ZDMG 130 (1980), 278-303.
「『医学概論』研究の問題」
Helmut Gaetje, “Zur
Lehre von den Temperamenten bei Averroes,” ZDMG
132 (1982), 244-268.
「アヴェロエスにおける混合の学説について」
Helmut Gaetje, “Die
Vorworte zum Golliget des Averroes,” ZDMG 136 (1986), 402-427.
「アヴェロエスの『医学概論』の序言」
Joëlle Ricordel, “Le traité sur la thériaque d’ibn-Rushd (Averroès),” Revue d’histoire
de pharmacie 88 (2000), 81-90.
「アヴェロエスのテリアカについての論考」
Luis Garcia-Ballester,
“La recepcion del Colliget de Averroes
en Montpellier (c. 1285) y su infuluenza en las polemicas sobre la naturaleza
de la fiebre (1987),” in idem, Galen and
Galenism (Aldershot: Variorum, 2002).
「モンペリエにおけるアヴェロエスの『医学概論』の受容と熱の自然性についての論争への影響」
Y. Tzvi Langermann, “Anather Andalusian Revolt? Ibn Rushd’s Critique of
al-Kindi’s Pharmacological Computus,” in The Enterprise of Science in Islam, ed.
Jan P. Hogendijk et al. (Cambridge, MA: MIT Press, 2003), 351-372.
「もうひとつのアンダルシアの反逆?:キンディーの薬学計算法にたいするアヴェロエスの批判」
アヴェロエスの『医学概論』第5書の最終章で展開されるキンディー批判の分析です。
Floréal Sanagustin, “Le
statu de la raison dans le Colliget,”
in Averroès et l’averroïsme, ed.
André Bazzana et al. (Lyon: PUL, 2005), 121-128.
「アヴェロエスの『医学概論』における理性の位置づけ」
Dag Nikolaus Hasse, Sucsess and Surpression: Arabic Sciences and
Philosophy in the Renaissance (Cambridge, MA: Havard UP, 2016), 115-121,
454-457.
『成功と排除:ルネサンスにおけるアラビア科学と哲学』
Jean Bruyerin Champier のルネサンス期の部分訳は、Collectanea の題名で1537年に出版されたが、これはボナコーザの中世ラテン語訳の reworking にすぎず、第2、6、7の3書をカバーするのみ。Jacob Martino のルネサンス期の部分訳は薬学についての第5書の57-59章だけをあつかい、初出として1552年のジュンタ版に収録されている。
Joel Chandelier,
“Averroes on Medicine,” in Interpreting
Averroes, ed. Peter Adamson & Mattero Di Giovanni (Cambridge: Cambridge
UP, 2018), 158- 176.
「アヴェロエスと医学」
やっとアヴェロエスの医学をその文脈にしっかりと位置づける論文が出てきました。
1404年のボローニャ大学では、『医学概論』の第1書(解剖学)と第2書(生理学)、第5書(薬学)が教科書として採用される。
2.
ガレノス注解
María de la Conceptión
Vázquez de Benito (ed.), Commentaria
Averrois in Galenum (Madrid: Instituto Hispano-Arabe de cultura, 1984).
『アヴェロエスのガレノス注解』
アラビア語原典の校訂版
De elementis secundum Hippocratem
De
temperamentis
De
virtutibus naturalibus
De
differentiis febrium
De
differentiis et causis symptomatum et morborum
De
siplicium medicamentorum virtutibus
María de la Conceptión
Vázquez de Benito, La medicina de Averroes:
Comentarios a Galeno (Zamora: 1987).
『アヴェロエスの医学:ガレノス注解』
1984年の校訂版にもとづいた研究
María de la Conceptión
Vázquez de Benito (ed.), Averroes: Obra
medica (Cordoba: 1998).
『アヴェロエス:医学論集』
1984年の校訂版からのスペイン語訳
日記の記述から
2025. 8. 4
月
今日は、アヴェロエスの『医学概論』について、とても素晴らしい論文「アヴェロエスと医学」 Joel Chandelier,
“Averroes on Medicine,” in Interpreting Averroes, ed. Peter Adamson
& Mattero Di Giovanni (Cambridge: Cambridge UP, 2018), 158- 176 を読みました。著者のジョエルは校訂翻訳を手掛けているようで、出版されるのが楽しみです。
前者を補足するように、「もうひとつのアンダルシアの反逆?:キンディーの薬学計算法にたいするアヴェロエスの批判」 Y. Tzvi Langermann, “Anather Andalusian Revolt?: Ibn Rushd’s Critique of
al-Kindi’s Pharmacological Computus,” in The Enterprise
of Science in Islam, ed. Jan P. Hogendijk et al. (Cambridge, MA: MIT Press,
2003), 351-372 も読みました。中世ヨーロッパにおけるヴィラノヴァのアルノー以降の薬学にアヴェロエスが影響を与えたとされるのですが、その複雑な議論のもとが描写されています。なぜ薬学をあつかった『医学概論』第5書の末尾だけが3回もラテン語訳されたのか覗いしれます。
2025. 7. 24 木
アヴェロエスの医学書 Colliget の邦題は、なにが良いのでしょう。ガレノスについての講演を準備していて眼にとまった『医学大全』には違和感を覚えました。僕自身の記述をさかのぼると、過去には『医学入門』としています。入門よりも大部ですが大全よりは小ぶりということで、入門よりも大部ですが大全よりは小ぶりということで、橋爪さんが提案している集成くらいが良いのかなと思うようになりました。過去の自分では、もう一箇所で概論が良いのかも知れないと書いていました。この疑問、じつは20年前からくり返しつぶやいていることに気がつきました。
2021. 12. 7 火
アヴェロエスの医学書にみる実体全体 tota substantia という概念のつづきです。アラビア語原典のスペイン語訳と、ヨーロッパで重用されたラテン語訳を見比べているのですが、どちらでも「医学者たちが実体全体と呼ぶ」と語られるので、もともとギリシア語でのガレノスの言い回しだったものが、アヴェロエスの時代にほぼ専門用語として医学者たちに使われていたことが分かります。
この概念に関連して語られることが多い特殊形相 forma specifica の方は、アラビア語(とスペイン語訳)のところで別の表現が採用されているようです。ラテン語訳に見出せるものは訳者による挿入である可能性がでてきました。実体全体を語る文脈で特殊形相に言及するのはアヴィセンナの医学書に由来しますので、その流れを訳者が勘案したように思えます。もちろんアラビア語の原典に異読がある場合も、まだ排除はできません。その点の解明にはアラビストの協力が必要です。
2021. 12. 5 日
アヴェロエスの医学書から、ガレノスのいう実体全体 tota substantia の概念に言及している部分をピックアップしています。どうも彼は、「医者たちがいうように」という感じで、この概念について明確な定義を定めずに利用している印象を受けます。これに関連して、特殊形相 forma specifica にも1回だけ触れているようです。
2021. 12. 4 土
アラビア語原典から考えると、アヴェロスの医学書 Colliget (al-Kulliyyāt)は、医学の『一般論』あるいは『概論』くらいがタイトルとして良いようです。『大全』 Summa では誇張し過ぎかなと思います。
2021. 11. 25 木
アヴェロエスの医学書『コリゲト』Colliget(アラビア語の原著名
Kitāb al-Kullīyāt)は、7巻構成になっています。それぞれは1)解剖学、2)生理学、3)病理学、4)兆候論、5)食事、6)養生、7)治療をあつかっています。
2021. 11. 24 水
哲学者アヴェロエスの医学書『コリゲト』Colliget についての研究は、あまり進んでいないようです。限定したテーマをあつかう論文がドイツ語とスペイン語で幾つかありますが、単著や博論などの規模で内容や影響について俯瞰する研究はありません。テクストについても、アラビア語の校訂版と現代のスペイン語訳はありますが、それにつづくものは出ていません。英語や仏語の全訳があれば、状況は変わるのかも知れませんね。
アヴィセンナによる『医学典範』が歴史的な重要性からアラビア語圏の医学書として注目を集めてきたことで、アヴェロエスの医学書にたいする関心は相対的に低かったのでしょう。哲学者たちもアヴェロエスの霊魂論、そして形而上学や自然学に注目してきましたが、彼の医学書にほとんど触れてきませんでした。『コリゲト』はアリストテレス主義の観点からガレノスを批判するもので、興味ぶかい哲学的な議論をふくんでいます。
2021. 11. 18 木
昨日までの原稿を読みなおしながら、僕自身のコメントをチェックしました。そういえば、アヴェロエスの医学書のスペイン語全訳をもっていたはずなのですが、どうも見当たりません。BH本館の大陸移動のなかで、紛失してしまったようです。仕方ないので、入手し直すことにしました。
2005. 2. 6 日
昨日のアヴェロエスの医学書に関して、ノス研の田窪さんが Unilibro というサイトを紹介してくれました。サイトの造りは、スペイン語の苦手な人間にも分かり易い気がします。一方、BHメイトの小澤くんは、より学術書に強い Marcial
Pons というサイトを教えてくれました。
そこの検索によると、以前に出された『医学的著作集』
Averroes, Obra medica, Malaga, 1988 も、まだ入手できるみたいです。これは、リェージュにもあるので手にとって見たことあるのですが、ガレノスの幾つかの著作へのアヴェロエスによる注解が手稿で眠っていたものをスペイン語訳した全くの別モノです。何と310頁で12ユーロと格安です。
中世後期からルネサンス期の大学医学に触れたいなら前者だけで十分ですが、さらにアヴェロエスの医学のことを深めたいなら、両方を併せ持っている方が良いかも知れません。それでも36ユーロですから、ビックリの値段です。
しかし、こうしてスペイン語で全訳が出ると、Colliget の研究が進むかも知れません。まだ世界的にも本当にごく少数の研究しかありませんので、これからアタックするテーマを探しているスペイン語の出来る人には大きなチャンスの到来です。>
ところで、ミーティングでも触れた疑問なのですが、書名 Colliget は何と訳すべきでしょうかね?
2005. 2. 5 土
以前からアヴェロエスの医学書 Colliget の研究や翻訳は少ないなと思っていたのですが、どうやらスペイン語全訳が出たようです。『医学入門』
El libro de las generalidades de la medicina, Madrid, Trotta, 2003 で、512頁と大冊の割には24ユーロと安価なので入手しようかと思います。ところで、最近アマゾン・フランスでもスペイン語の本を扱うようになったのですが、残念ながらこの本は検索にかかりません。スペイン語の本を入手するには、一体どのサイトが便利でしょうか?BHメイトの田邊さんにでも聞いてみましょう。