キミア研究とジェンダーの視点
錬金術・キミアの歴史研究においても、近年はジェンダー的な視点をとり入れた優れた研究が生まれています。2000年代にはまだ、歴史の文脈を離れて奇をてらった主張を展開する文献も散見されましたが、2010年代に入ってからはジェンダー的な視点を重視した素晴らしい成果が着実に生みだされています。
Alisha Rankin, Panaceia’s Daughters: Noblewomen as Healers in Early
Modern Germany (Chicago: University of Chicago Press, 2013).
『パナケイアの娘たち:初期近代ドイツにおける治療家としての貴婦人たち』
初期近代ヨーロッパにおける貴婦人たちの医療行為についてのモノグラフ。この分野では最初の著作となるでしょう。アーカイヴ史料にもとづいて、ドイツの貴婦人たちが医薬の調製に関与し、多くの女性が有名になったことが示されます。ジェンダーが有利に機能して、彼女たちの医薬は名声をえたのだと主張されています。パナケイアとは、ギリシア神話で癒しをつかさどる女神です。
Meredith K. Ray, Daughters of Alchemy: Women and Scientific
Culture in Early Modern Italy (Cambridge, MA: Harvard University Press,
2015).
『錬金術の娘たち:初期近代イタリアにおける女性と科学文化』
ミラノのスフォルツァ家のカテリーナによるキミアのレシピ集から、「秘密の書」の16世紀における流行、モデラータ・フォンテやルクレツィア・マリネッラの著作における科学についての叙述、カミッラ・エルクリアーニの自然哲学についての書簡集、そしてマルゲリータ・サロッキのガリレオ擁護を分析しています。
Tara Nummedal, Anna Zieglerin and the Lion’s Blood: Alchemy and End Times in
Reformation Germany (Philadelphia: University of Pennsylvania Press, 2019).
『アンナ・ジーグラレンとライオンの血:宗教改革ドイツにおける錬金術と終末』
宗教改革期ドイツのヴォルフェンビュッテルの宮廷で、アンナ・ジーグラレンは錬金術が霊的な救済と物質的な豊かさを君主に授けると主張しましたが、最後には投獄・拷問され、公開処刑されてしまいます。錬金術師・宮廷人・予言者として活躍した彼女の劇的な生涯が、当時の宗教・政治・軍事を背景に重要度を増していた錬金術と終末論的な世界観とからめて描かれています。
Michelle DiMeo, Lady Ranelagh: The Incomparable Life of
Robert Boyle’s Sister (Chicago: University
of Chicago Press, 2021).
『ラネラ卿夫人:ロバート・ボイルの姉の類まれな生涯』
ラネラ卿夫人は、科学革命期の最重要人物のひとりロバート・ボイルの姉でした。ボイルに与えた影響や有名なハートリーブ・サークルの支援者という役割のほかに、彼女はロンドンの重要人物たちに医学的なアドヴァイスやレシピを与えて有名になりました。彼女は、さまざまな主題について多くの人々から見解をもとめられたことが知られています。