尚古主義の研究プラットフォーム
「尚古主義」 antiquarianism は、「古事学」や「古物研究」、「古物趣味」など、さまざまに訳される知的伝統のことで、古代ギリシア・ローマから近現代まで非常に長い歴史をもちます。古代文明の遺物や碑文の収集・分類・分析といった考古学的・文献学的な展開から、化石学の誕生まで多様な学問分野の歩みに関与しました。
しかし、その歴史に学術的な光が本格的に当てられるのは、イタリアの古代史家A・モミリアーノによる1950年の論文を待たなければなりません。現在では、この論文は記念碑的な第一歩と考えられていますが、その真価が理解されるまでには、さらに数十年という年月が必要でした。「モミリアーノの歴史学」を再考する流れと並行して、とくにアメリカの歴史学者P・ミラーの活躍によって、尚古主義は今日の歴史学でもっとも注目される潮流のひとつとなってきました。ここでは、尚古主義の研究を本邦で活性化させるために、加藤ルー君の協力によって基本文献を集めてみました。
A. 日本語で何が読めるのか?
川島昭夫「英国の「尚古家」:スコット・ボイル・ニュートンも」『日本古書通信』2009年09月号。
川島昭夫「英国尚古家列伝」『日本古書通信』2010年01月号から2011年12月号。
全24話からなっています。
A・グラフトン『アルベルティ: イタリア・ルネサンスの構築者』(白水社、2012年)、第7章。
第7章は、尚古家としてのアルベルティを追っています。邦訳では、「古物研究」と訳されています。
A・モミリアーノ『近代歴史叙述の古典的基盤(仮題)』(勁草書房BH叢書、2021年刊行予定)、第3章。
1990年に出版されたモミリアーノの主著に収められた第3章は、古代から近現代までの流れを扱うものとなっており、尚古主義の光をあてたモミリアーノの先駆的な「1950年論文」の真価をひろく知らせるものとなりました[モミリアーノ邦訳計画の一環として、ヒロ・ヒライ「モミリアーノ計画をめぐる夢想:(1)類型学」 note (2020/05/22 公開)も参照]。
B.
欧文の文献
B-1.
モミリアーノ
Arnaldo Momigliano, “Ancient
History and the Antiquarian,” Journal of
the Warburg and Courtauld Institutes 13 (1950), 285–315.
「古代史と尚古主義」
記念碑的な論文なのですが、いささか錯綜ぎみな論述なので、1990年の主著から入った方が理解しやすいでしょう。
Arnaldo Momigliano, The Classical Foundations of Modern
Historiography (Berkeley: California UP, 1990).
上記の邦訳版を参照。
第3章は尚古主義にあてられ、歴史的な流れを重視して1950年の論文を再構成しています。
B-2.
モミリアーノ以後
Michael Crawford &
C. R. Ligota (eds.), Ancient History and the Antiquarian: Essays in Memory of Arnaldo
Momigliano (London: Warburg Institute, 1995).
『古代史と尚古家:モミリアーノ記念論集』
モミリアーノの業績を記念する論集のタイトルに、古代史だけではなく、尚古主義があげられることは、非常に象徴的な意味をもっているといえるでしょう。重要な論集です。
Mark Sabler Phillips, “Reconsiderations on History and
Antiquarianism: Arnoldo Momigliano and the Historiography of Eighteenth-Century
Britain,” Journal of the History of Ideas
57 (1996), 297–316.
「歴史と尚古主義の再考:モミリアーノと18世紀イギリスの歴史叙述」
上記の論集とならんで、モミリアーノのとなえる尚古主義に光を当てる最初期の論文のひとつです。
Anthony Grafton, Leon Battista Alberti:
Master Builder of the Italian Renaissance (Cambridge, MA: Harvard UP,
2000).
邦訳済みなので、上記 A を参照。
Peter
N. Miller, “The ‘Antiquarianization’ of Biblical
Scholarship and the London Polyglot Bible (1653–57),” Journal of the History of Ideas 62 (2001), 463–482.
「聖書学の尚古主義化とロンドン版多言語聖書」
尚古主義の研究における、現役の重要な歴史家による第1歩となる論文です。
Thomas DaCosta Kaufmann, “Antiquarianism, the History of Objects,
and the History of Art before Winckelmann,” Journal
of the History of Ideas 62 (2001), 523–541.
「ヴィンケルマン以前の尚古主義、歴史の対象物、そして芸術史」
世界的な芸術史家の観点から尚古主義にアプローチする重要な論文です。
Nancy G. Siraisi,
“History, Antiquarianism, and Medicine: The Case of Girolamo Mercuriale,” Journal of the History of Ideas 64
(2003), 231–251.
「歴史、尚古主義、そして医学:ジローラモ・メルキュリアーレの場合」
われらのナンシーさんが、歴史学と尚古主義をカギとして、医学者メルキュリアーレを分析しています。
Nancy G. Siraisi, History, Medicine, and the Traditions of
Renaissance Learning (Ann Arbor: University of Michigan Press, 2007).
『歴史、医学、そしてルネサンス的な学問の諸伝統』
上記の論文の延長線上にある、われらがナンシーさんの入魂作。尚古主義が全体を貫くカギ概念となっています。
Craig Ashley Hanson, The English Virtuoso: Art, Medicine, and
Antiquarianism in the Age of Empiricism (Chicago: Chicago University Press,
2009).*
『イギリスの博識家:経験主義の時代における芸術、医学、そして尚古主義』
18世紀における「イギリスの博識家」といわれる人々を分析したモノグラフ。
Peter N. Miller,
“Major Trends in European Antiquarianism, Petrarch to Peiresc,”
in The Oxford History of Historical Writing
(Oxford: Oxford UP, 2012), III: 244–260.
「ペトラルカからペイレスクまでのヨーロッパにおける尚古主義の諸潮流」
ルネサンス期における尚古主義の展開を手際よく俯瞰する重要な論文です。モミリアーノのあとは、ここから深めるのも良いかも知れません。
Peter N. Miller &
François Louis (eds.), Antiquarianism and Intellectual Life in
Europe and China (Ann Arbor: Michigan UP, 2012).
『ヨーロッパと中国における尚古主義と学究』
西洋と東洋の場合における尚古主義を検討する論集です。
Alain Schnapp (ed.), World
Antiquarianism: Comparative Perspectives (Los Angeles: Getty Research
Institute, 2013).*
『世界の尚古主義:比較の視座』
比較によって世界の尚古主義を分析する論集です。
Peter N. Miller (ed.),
Momigliano and Antiquarianism:
Foundations of the Modern Cultural Sciences (Toronto: University of Toronto
Press, 2014).
『モミリアーノと尚古主義:近代文化学の基礎』
モミリアーノの業績と、そのなかにおける尚古主義を再考する重要な論集です。
Robert Wellington, Antiquarianism and the Visual Histories of
Louis XIV: Artifact for a Future Past (Farnham:
Ashgate, 2015).*
『尚古主義とルイ14世の視覚史:未来の過去のための芸術・工芸』
美術史の視点から尚古主義をとりあげたモノグラフ。
Damiano Acciarino,
“The Nature of Renaissance Antiquarianism: History, Methodology, Definition,” Acta Antiqua Academiae
Scientiarum Hungaricae
57 (2017), 485–502.
「ルネサンス尚古主義の正体:歴史、方法、定義」
Kelsey Jackson
Williams, “Antiquarianism: A Reinterpretation,” Erudition and the Republic of Letters 2 (2017), 56–96.
「尚古主義の再考」
Peter N. Miller, History and Its Objects: Antiquarianism and
Material Culture since 1500 (Ithaca: Cornell University Press, 2017).
『歴史とその対象としてのモノ:1500年以降の尚古主義と物質文化』
C.
補足的なマテリアル
William Stenhouse, Reading
Inscriptions and Writing Ancient History: Historical Scholarship in the Late
Renaissance (London: Institute of Classical Studies, School of Advanced
Study, University of London, 2005).
『碑文の読解と古代史の記述:ルネサンス末期における歴史学』
レアですが、なかなか重要なモノグラフです。
Anthony Grafton, What was History?:
The Art of History in Early Modern Europe (Cambridge: Cambridge University
Press, 2007).
『歴史とはなにか?:初期近代ヨーロッパにおける歴史叙述』
モミリアーノの一番弟子でもある歴史学の「巨人」が、歴史学の正体に迫ります。尚古主義は何度も言及されます。